第249回『またヴィンセントは襲われる』

理由なき襲撃

img_20240514-105915.jpg
『またヴィンセントは襲われる』
(Vincent Doit Mourir

2023年:フランス、ベルギー
監督:ステファン・カスタン


 かなり変化球的な不条理劇かと思ったら、意外にもベタをきっちりやるようなタイプの作品で、派手さはなく小規模ながら、そのベタな丁寧さでもって実にバランスよく仕上げられた逸品。

 主人公ヴィンセント(カリム・ルクルー)は、ある日突然、職場で若い研修生からノートパソコンで顔面を思い切り殴られる。殴った方はかなりの興奮状態だったが、正気を取り戻すと襲撃時の記憶は全くないと言う。後日またすぐに、今度は同僚からいきなりペンで手を滅多刺しにされてしまう。この同僚もやはり暴力行為が収まった後は襲撃時の記憶が全くないと言う。

 職場での二度の襲撃事件から間もなく、ついには街中でも襲われ始めるヴィンセント。自転車で信号待ちをしていれば車の運転手から轢き殺されそうになり、アパートに帰れば近所の子供たちに襲われ、これが近隣住民からはヴィンセントが子供たちに危害を加えているように見られてしまう。いずれもきっかけは「ただ目が合った」というだけ。全員が全員ではないが、老若男女関係なく、不特定多数の人間から、ただ目が合っただけで襲われるようになってしまったのだ。

 自分が襲撃される原因は全く分からないし、襲って来る相手の判別基準も全く分からない。このままでは命がいくらあっても足りないと危ぶんだヴィンセントは、父親が所有する田舎の別荘にひとまず避難することに。その道中、ヴィンセントは見知らぬ初老の男に話しかけられる。

 また襲われるのではないかとビクつくヴィンセントだが、なんとこの男もヴィンセントと同じ境遇にあると言う。買い物中に店員から不自然に目を逸らそうとするヴィンセントの姿を見て、話しかけて来たのだ。少し前まで大学教授だったというこの男いわく、原因は全く不明だが、自分たちと同じような「目が合っただけで襲撃される」人たちが世の中に一定数現れ始めており、彼らはネットを介してこの危機的状況をサバイブするための情報交換をしているらしい。

 襲撃される原因や根本的解決策は一切分からぬが、この絶対的危機をどうにか生き抜くしかないことを改めて痛感させられるヴィンセント。ここから、彼の壮絶なサバイバル生活が始まる。

 ジャンル的な基本フォーマットはゾンビ・パンデミックものの系譜と言え、ヴィンセント個人のミニマムなソリッド・シチュエーション的展開から、次第に暴力が蔓延して世界的終末の流れになっていく様はジョージ・A・ロメロ監督の『ザ・クレイジーズ』(1973年)や『ゾンビ』(1978年)を思わせる。おそらくコロナ禍における不安や恐怖も反映されているだろう。

 そのゾンビ・パンデミック的な終末譚の中で男女が出会う、という危機的状況下でのロマンスの描き方もかなりベタな展開であるが、目が合えば互いに殺し合うことになるかもしれない、という異様な緊張感の中で、それでも共に生きて行くことを選ぶ二人のドラマが後半はしっかりと作品の質を底上げしている(そこに人間と犬のパートナーシップもユーモアまじりで描かれる)。

 また、現代のネット社会の寓話のような側面もあるが、そこにも回りくどさはなく、短絡的な攻撃性が蔓延しやすい不寛容な世の中をシンプルに極端化して見せたという印象で、劇中でのネットの使い方も自然で良い(「困ったときのネット頼み」というのは現代人にとっては何よりも自然な行為だが、本作はそれも過不足なく自然な流れとして描かれている)。

 全体的にかなり小規模な作りで、そこそこの低予算と思われるが、その小規模な作りの中で「世界的な終末が訪れようとしている」というスケール感の見せ方が非常に巧みで、ネットやラジオから流れて来る情報や、終盤の渋滞した道路での暴動的混乱、軍人かあるいは自警団のような人物から銃撃されるシーンなど、大規模なエキストラを使った群衆シーンや大掛かりなCGを用いずとも、省エネ的な規模の画作りの中で十二分に終末的混乱を感じさせる演出に成功している。

 暴力描写も非常に巧みに捌いており、年齢制限が付くような直接的な血の噴出や内臓露出や切断シーンなどはほぼ皆無でありながら、元々暴力慣れしていない一般の人たちが急にえげつない暴力を振るい始める、という恐さと厭さがしっかりと画に表れている。中年の男二人がゲロを吐きながら肥溜め泥レスでクソまみれになって殺し合う、という最悪の格闘シーンまであり、地味ながらも暴力映画として印象に残るシーンが多く、一介の暴力映画好きとしてはその点の評価も高い。

 一見、エキセントリックなヒネり方をした作品や、あるいはキッチュなキワモノ作品と思わせておいて、その実はかなり丁寧な作りでドラマ性もある良質な娯楽映画だった……というところでは、『ハッピーボイス・キラー
』(2014年)、『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』(2018年)、『ディアスキン 鹿革の殺人鬼』(2019年)あたりの作品にも近いかなと思わせる。

 こういう事前の読みとは全く別角度から来るタイプの逸品に出会うと、思った以上に嬉しいものだが、このような大小様々な傑作をコツコツと掘り当てていくしかない。

 

(2024年5月14日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数