第242回『東京フィスト』

破滅型フィスト・ファッキン・ラヴ・ロマンス

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『東京フィスト』
1995年:日本
監督:塚本晋也


 今まで見た塚本晋也作品の中ではダントツに好きな一本。強い女一人を軸にして、弱い男二人がとことん殴り合い血を流す、破滅型の愛憎劇だ。

 平凡なサラリーマンの義春(塚本晋也)は、ある日偶然、高校時代の後輩・拓司(塚本耕司)と再会する。義春は拓司を敬遠しようとするが、拓司は義春と彼の恋人・ひづる(藤井かほり)の同棲生活を侵食するかのように、二人の間に割り込み始める。

 微妙な倦怠期に入り始めていた義春とひづるの生活は、拓司が現れたことによって崩れ始め、とうとうひづるが義春を捨て、拓司のボロアパートの部屋に転がり込んでしまう。

 諦め切れない義春はどうにかしてひづるを拓司から取り戻そうとするが、ボクサーである拓司に腕っ節では到底敵わない。元より執念深い義春は拓司と同じジムに通い始め、拓司への殺意をエネルギーにボクシングのトレーニングに没頭し始める……。

 三角関係の恋愛ドラマとスポ根を掛け合わせたような内容ながら、やはり塚本晋也作品なのでハードに屈折した暴力性が作品全体にほとばしる。高校時代からの暗い因縁を引きずる義春と拓司、そしてそんな男二人の間で自らも暴力的衝動を覚醒させてゆくひづる。「痛み」を介して何かを得ようとする、あるいは「痛み」を介して自らを解放させようとする現代人たちのボディ・ホラー的要素は、その根本的なところでは同じ塚本晋也作品である『鉄男』(1989年)に通ずる。

 『鉄男』のように「肉体が金属化する」というほど極端な話ではないものの、激しく殴り合い血を流すことで、男たちの顔は原形を留めないほどに崩れ、ボコボコに腫れ上がる。殴り合いに参加出来ない女は入れ墨やボディ・ピアスによって自らの肉体を激しく変形させていこうとする。

 三角関係の恋愛ドラマとして面白いのは、強い女一人を軸にして、その女を奪い合う男二人はとことん弱い存在であるという点だ。義春も拓司もひづるの前で強がったり尊大な態度を見せたりするものの、いざとなると二人ともその根っこの弱さをひづるに見透かされ、徹底的になじり倒され、最後には猫なで声でひづるの足元にひざまずく。義春と拓司に関しては、この弱さこそが、その反動としての過剰な暴力性を引き寄せるトリガーになっているようにも思える。

 主要キャラ三人の中でいちばん強いのはひづるだが、しかし「女である」という社会的性差のために、男たちの殴り合いの中に身を投じたくても疎外されてしまう(ひづるは義春や拓司と本気で殴り合いたいと思っているのだ)。義春も拓司も、ひづるとのセックスはどこか一方通行的にひづるの肉体を貪るだけの自慰行為的なもので、ひづるの反応はすこぶる不感症的である。

 拓司にいくら「私と殴り合いをしろ」と言っても取り合ってもらえなかったひづるが、劇中で唯一、義春と殴り合いになるシーンがある。ここでようやく、(セックスではまるで通じ合っていなかった)二人の相互的なコミュニケーションが成立し、最後は笑顔で心を交し合う。恋愛ドラマとしては、このシーンが最も互いの愛の交感が成される感動的な局面とも言える。

 そんな屈折した暴力性がほとばしる愛憎劇である本作だが、スポ根的・格闘アクション的なボクシング映画としてもしっかり面白く出来ていて、かなりアニメ的な大胆な構図やカメラワークの大洪水だが、奇抜さばかりではなく、全くの素人だった義春がトレーニングを重ねてメキメキと成長してゆく過程をスピーディーに描く様などは、『ロッキー』(1976年)に代表されるスポ根ものの定石としてのトレーニング・シーンの流れをしっかりと踏襲している。

 また、拓司役の塚本耕司は塚本晋也の実弟であり本格的なボクシング経験者なので(このことがきっかけで塚本監督はボクシング映画を撮ろうと思ったそうだ)、彼の助力が奇抜な作風の中にもリアリティーあるボクシング描写の実現を可能にしたのだろう。何より塚本耕司のそのボクサー然とした身のこなしと肉体美が、本作のボクシング映画としての説得力を底上げしている(実際にトレーニングを積んで本作に臨んだ塚本晋也も、けっこう凄い動きを見せてくれる)。

 普遍的な三角関係の恋愛ドラマ(ラブコメ的な笑いの要素もある)として始まり、本格的なボクシング映画としての面白さも兼ね、そこから塚本作品特有のボディ・ホラー的な屈折した暴力性が爆発し、最後は義春、拓司、ひづるがそれぞれ能動的に破滅してゆく。しかしそれは破滅であると同時に、「痛み」を介した自己の解放にも見えてくる。

 世に数多あるボクシング映画の中でも本作は極めて異色な一本に違いないが、紛れもなくボクシング映画の傑作であると言え、また同時に、殴り合いと流血の自己破壊の先にある魂の開放を描いた、崇高でアグレッシヴな破滅映画の傑作でもある。

 

(2024年1月21日)

プロフィール

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わがままコブラ
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1984年5月2日
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