第239回『花を喰う蟲』

地を這う蟲どもの生態と醜態

img_20231228-165229.jpg
『花を喰う蟲』
1967年:日本
監督:西村昭五郎


 『競輪上人行状記』(1963年)の西村昭五郎によるピカレスク要素の色濃い残酷メロドラマ。後に西村が活躍する日活ロマンポルノの源流に位置する作品の一つで、エロティックな要素を前面に押し出した成人向け映画だが、60年代日本映画のスタイリッシュなモダンさに隅々まで貫かれた、硬質で骨太な傑作である。

 特に生きる目的もなくチンピラ仲間たちと退屈な毎日を過ごす主人公の奈美(太地喜和子)は、つまらぬ悪事のために警官に追われていた夜の港で、偶然その場に居合わせた香本(二谷英明)に助けられる。金回りがよくダンディーで大人びた(つまりは自分の周りにはいないタイプの)香本に一目惚れする奈美だが、香本はそんな奈美を自分の手で粗野なアバズレから洗練されたトップモデルに変えてやると言い出し、実際に手馴れた様子で彼女を売れっ子モデルへと仕立て上げていく。

 香本の尽力により、たった一年ですっかり洗練された生活を手に入れた奈美だったが、実は香本には、金持ちや政治家たちの間を狡猾に立ち回り、彼らを利用したり脅したりして自身の利益に繋げているという危険な裏の顔があった。

 奈美はつまるところ、ハニートラップにはもってこいの美貌と若さを有していたがために、香本が裏の世界を渡り歩くための駒の一つとして利用されていたのだ。香本はこれまでにも、若いモデルたちを奈美と同じように利用し、食い物にしてきた悪人だったのである。香本の悪辣極まりない下衆っぷりに徹底的に泣かされた奈美は、一度は香本に絶縁状を叩きつけるが、しかし自身でも気付かぬうちに、香本との切っても切れない腐れ縁の泥沼にハマり込んでおり、その果てに一蓮托生となった奈美と香本は、愛憎半ばで共に悪の道を突き進んでゆく共依存関係となる。

 金持ちや政治家たちの間を非合法的に立ち回る男が、そのために主人公の若い女を恋愛詐欺的に利用する……というところでは、本作は須川栄三監督の『けものみち』(1965年)とよく似ており、特に香本のキャラクター造形は、『けものみち』で同じ立ち位置の役回りとなる小滝(池部良)にかなり近い。『花を喰う蟲』の香本も『けものみち』の小滝も、金持ちや政治家たちの間を狡猾に立ち回り、自分に惚れた女を利用し、自身の利益に繋げようとする(そのためなら手段を選ばない)冷酷非道な人非人だが、それだけでなく、自分と関わる人々を尽く破滅に追いやることそれ自体を、カネや権力を手に入れること以上に楽しんでいる病的な人間という印象も強い。

 本作『花を喰う蟲』では、終盤まではひたすら香本の悪魔のような所業と、それに翻弄され地の底まで堕ち、次第に自らも裏の世界の悪徳に染まっていく奈美の転落劇が描かれる。

 そしてそこから、最終的に一蓮托生な共闘・共依存関係になっていく二人のメロドラマでもあり、その果てにはピカレスクものらしい破滅も待ち受けているが、本作はそこで終わらずに、奈美が一人の女として、一個の人間として、善も悪も関係ない領域にまで突き抜け、その果てに自律性を獲得していく……という点が何とも素晴らしく感動的で、この流れはポール・ヴァーホーヴェン監督の『ショーガール』(1995年)やリー・ワネル監督の『透明人間』(2020年)を思わせ、そういう意味で、善悪の彼岸で描かれる「女性映画」としての傑作でもあると言えるだろう(社会派のフェミニズム作品とはまた違った領域のものではあろうが)。

 映画の終盤、事の全てにケリをつけた奈美が、レズビアン関係にあった相手(演じるはまだ本名の「太田雅子」名義の頃の梶芽衣子)とも別れるシーンがあるが、それまで男×女の割り切れないドロドロとした痴情の腐れ縁を散々見せつけた末に、カネだけで後腐れなくサラッと別れる女×女のドライな別離シーンを持ってくるという、このクールさに心底シビレさせられる。

 暖かいベッドの中でまだ昨夜の余韻に耽りながらも、主人公がサッとベッドを出て、手切れ金のような形の(お互いに納得し合った五分五分の)取引を済ませ、それ以上の余分な(エモーショナルな)やり取りをせずに部屋を出る。この別れのシークエンスを手短なワンカットで淡々とテンポよく見せるところに、何とも言えぬ粋なかっこよさがある。

 鬼畜のような冷血漢であった香本との関係性とも、ウブで純情なチンピラであった陸(郷鍈治)との関係性とも違う、女×女のドライでサラッとした関係性を見せるシーンを最後の最後に持ってくるのは、本作の最も感心させられる点と言えるかもしれない。この何ともドライでクールな女×女の別れのシーンが、それまで散々エモーショナルでドロドロとした男主体の世界で泣かされてきた奈美が、その地獄のしがらみにケリをつけ、ついには自律性を獲得し、過去の全てを捨て新たな世界へと旅立つ……という最高のラストシーンへとそのまま繋がってゆくのである。

 終始歯切れがよくユーモアやシニカルさに富んだ台詞やシチュエーションの数々(これはおそらく脚本の出来がかなり良いのだろう)、60年代の日本映画のスタイリッシュなモダンさを極めたような画作り(構図、カメラワーク、カット割り、ライティングの尽くが素晴らしい仕上がり)、そして特に主要キャラを演じた太地喜和子、二谷英明、郷鍈治の魅力が最大限に活かされたと思える演出と演技……どこを取っても、私が今まで見てきた日本映画の中でトップクラスの傑作である。

 同じ西村昭五郎による『競輪上人行状記』も驚異的な傑作だと思うが、本作『花を喰う蟲』はそこをさらに超えてきた。その圧倒的なクールさに、ただただシビレさせられる一本だ。

 

(2023年8月28日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数