第238回『英雄の条件』

フリードキン印の骨太法廷劇

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『英雄の条件』
(Rules of Engagement)
2000年:アメリカ
監督:ウィリアム・フリードキン


 中東イエメンの米国大使館前で市民によるデモが発生。危険な暴動に発展しそうなため、暴動鎮圧と大使救出の任務を兼ねて海兵隊が現地に送り込まれる。

 殺伐とした現場で指揮を執るチルダーズ大佐(サミュエル・L・ジャクソン)は、部下数名が死傷する中で、暴徒と化した群集側からの発砲があったとして、銃撃による応戦の命令を下し、老人や子供を含む80数名の死者を市民側に出す結果を招く。

 チルダーズは自身の現場での判断の正当性を主張するが、行き過ぎた市民虐殺として世界中から非難の的となり、また、交戦規定の違反や戦争犯罪(殺人罪)の嫌疑から軍事裁判にかけられることに。さらに最悪なことには、国家的な外交問題としてこの事態が悪化することを恐れた政府高官が、この事態の責任を国家ではなく全てチルダーズに負わせようと仕向ける。

 現場での状況証拠・物的証拠的にも、政治的なトカゲの尻尾切りの標的としても、圧倒的に不利な立場に立たされたチルダーズは、この過酷な裁判の弁護をかつての戦友であるホッジス大佐(トミー・リー・ジョーンズ)に依頼する。全く勝ち目のないこの裁判の弁護を初めは躊躇するホッジスだったが、彼はかつてベトナムの地獄の前線でチルダーズに命を救われていることから、心配する家族らの反対を押し切ってチルダーズの弁護人を引き受け、この過酷な裁判に臨むこととなる。

 チルダーズとホッジスの戦友としての過去を描くベトナムでの地獄の惨状をオープニングとし、次いで物語の発端となるイエメンでの大使救出と暴動鎮圧を兼ねた作戦の殺伐さにテンポよく繋げてゆく。まずこの冒頭での2種の戦闘シーンがフリードキンらしい徹底的な容赦のなさと無慈悲さで描破され、その骨太な演出力に引き込まれる。

 そしてそこから本題としての軍事裁判のパートに突入していく流れとなるが、密室での会話(舌戦)を主体としたかなり地味な構成の法廷劇ながら、その法的駆け引きの鋭利で硬質な描き方は、冒頭での2種の戦闘シーンに勝るとも劣らない緊張感とハードさを叩きつけてくる。

 地獄の戦場を経験した者にしか分からぬ苦悩や、その地獄の戦場を生き抜いた者どうしの戦友としてのブロマンス的要素も組み込まれてはいるものの、そこをドラマチックなエモーショナルさで煽ったり、あるいはまた英雄譚のようなヒロイズムもほとんどなければ、善悪の是非や個人的な感情や心理の葛藤に主眼を置くわけでもなく、あくまで登場人物が目の前の現実的問題に対してどう動くか(急場に立たされた人間が各々の立場でどう立ち回るか)という「行動」を具体的かつ綿密に描いてゆく、というドライさ怜悧さ冷徹さが何ともフリードキンらしい作風だと思わされる。

 主人公たちを「戦争の英雄」として描くのではなく、常に地獄のような殺し合いをせざるを得ない戦場の中で、ホッジスはそこに敗れ早々に現場者から事務方に回った人間、一方のチルダーズはその血みどろの地獄を生き抜く精神性と殺伐さを持った現場向きの人間として描き分けられ、戦場という現場ではホッジスの命を救ったチルダーズが、今度は戦場の外側である法廷という「もう一つの戦場」において、かつての戦友であるホッジスに助力を求める……という図式が非常に面白い。

 「俺は下積み時代から長年この国のために様々な戦地で命をかけて戦ってきた人間なんだ」という現場主義の軍人としてのプライドを前面に押し出すチルダーズに対し、「軍事裁判は実際の戦闘経験がほとんどないような陪審員たちを説得しなきゃならないんだ」と冷静に諭すホッジス。

 法廷においてはチルダーズの現場主義としての勇ましさ(悪く言えば血の気の多さ)はマイナス要素でしかなく、長年事務方で「現場を知らない制服組」のやり方を熟知しているホッジスの冷静さが重要となってくるのだ(そしてホッジスは短期ながらベトナムの地獄の戦場も経験している、という制服組にはない現場者としての経験値を持ち合わせている点も、本作においては非常に重要なキーポイントとなってくる)。ある意味で凸凹コンビと言えるチルダーズとホッジスが一蓮托生となって圧倒的に不利な裁判に臨む、というところが本作の法廷劇としての醍醐味であり、それを戦場と同じくらいの殺伐さスリリングさでもって描いているあたり、法廷劇の体で描かれる(銃撃戦を舌戦に置き換えた)フリードキン流の戦争映画(戦争アクション)と捉えることも出来る。

 この中年ベテランコンビに相対する検察側の急先鋒として登場するのが、勢いのある若手のビッグス少佐(ガイ・ピアース)で、こちらも単にヒール的なキャラではなく、徹底的な正攻法で主人公たちを追い詰める法的プロフェッショナルとして描かれており、法廷劇における最高の好敵手と言える魅力的な存在だ。フリードキン作品ということもあって、基本的には善悪の二項対立の話ではないが、面倒事の責任の全てをチルダーズに押し付けようとする政府高官と、その政府高官からの圧力に屈してチルダーズに不利な偽証をする大使が、本作における一応のヒール的存在と言える。

 フリードキン作品が好きな映画ファンにとっては、かつてフリードキンが監督したリメイク版『恐怖の報酬』(1977年)に出演していたアミドゥが、イエメンの現地の医者役で本作に出演している点も大きな見所だろう(現地のシーンだけでなく、裁判パートでの証人としても出演している)。

 『フレンチ・コネクション』(1971年)、『エクソシスト』(1973年)、『恐怖の報酬』(1977年)と、70年代に立て続けに代表作となる名作を連発しているだけに、その前後の作品群が語られにくいフリードキンだが、本作『英雄の条件』もまた実にフリードキンらしい骨太な傑作である。長編劇映画で20本、TVドキュメンタリー作品なども含めるとかなりの作品数があるので、当然ながら玉石混交ではあろうが、有名作以外にもコツコツと見続けたくなる魅力的な巨匠監督の一人だ。

 

(2023年8月20日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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