第236回『ブラック・フォン』

霊界からの闘魂注入!! 熱きスポ根系ジュブナイル・ホラー

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『ブラック・フォン』
(The Black Phone)
2021年:アメリカ
監督:スコット・デリクソン


 広大な国土を有するアメリカにはその分、田舎を舞台にしたホラー作品も多いが、それと同じくらい郊外を舞台にしたホラー作品も多く、もはや伝統ジャンルと呼べるレベルだ。

 都市や田舎に比べて治安が良く、明るく健全なイメージの強い郊外だが、そんな表向きの明るさ健全さの真裏に潜む郊外生活特有の(都市生活や田舎生活にはない)暗さや寂しさや閉塞感、あるいは表向きには見えない個々の家庭内事情や学校生活でのイジメ等の問題、普段は優しく健全に見える隣人の裏の顔などといった要素は、都市生活や田舎生活における暗部以上にホラー作品に組み込みやすく、またその中流的普遍性が多くの観客の共感を誘いやすいとも言えるのではなかろうか。

 そんな郊外ホラー作品においては、『キャリー』(1976年)、『ハロウィン』(1978年)、『ポルタ―ガイスト』(1982年)、『エルム街の悪夢』(1984年)といった過去の有名作が多いが、近年、『IT/イット "それ"が見えたら、終わり。』(2017年)、『サマー・オブ・84』(2018年)、『クローブヒッチ・キラー』(2018年)といったノスタルジー型の(1970年代~80年代的な時代性とそこに準ずるジュブナイル的な要素を持った)郊外ホラー作品が、いわばリバイバル的な形で器用に再構築される流れがあり、本作『ブラック・フォン』もその同線上にある一本と言える。

 1970年代終盤の郊外の小さな町で起こる子供たちの連続誘拐事件と、その事件に巻き込まれる主人公の少年フィニーの奮闘を描いたシンプルなジュブナイル系ホラー作品なのだが、実録的なリアリズムに徹したスラッシャー映画かなと思って見ていると、そこから巧妙に予知夢による探偵もの要素や心霊ホラーの要素を絡めながら物語を進展させてゆき、後半は密室劇としての脱出ゲームの展開を経て、最後にはなんと熱い心霊ブロマンスからのスポ根的な成長物語へと昇華させる。

 話の組み立てとして粗いなと思うところもあるし、全体的にかなりベタな要素の詰め合わせなのだが、シリアスな犯罪もの要素とユーモラスな荒唐無稽さのバランスが良く、また、ジュブナイルな青春ものとしての清々しさと、その真裏にベッタリと張り付く「表向きには見えない家庭内事情」の厭ぁ~な描き方もまさに郊外映画らしい陰陽のバランス感覚で、最後まで飽きさせない。

 あまりドヨンとした重さはないものの、暴力描写に関しては意外にもハードなタッチで、一介の暴力映画好きとしては何よりそこに魅了される。気弱だった主人公が最終的に誘拐殺人魔の暴威に対抗し、また自身の裡に巣食う恐怖の壁を乗り越えるのもまさにカウンターとしての暴力によってであり、そこを割とストレートに描いている点が私としては大変好ましいところである。

 悪(犯罪者)に対して正義と善意で立ち向かうのではなく、まさしく「効率的な暴力」によって敵を完全に破壊する、というストリート・ファイトの技術によって立ち向かう。それは軟弱な少年にとってはイチかバチかの大博打であり、そこを最終決戦として描き、その最終決戦に向けたブロマンス的な「霊界からの最後の闘魂注入」まで描くところに何とも胸が熱くなる。まさかホラー映画で『ロッキー3』(1982年)のような熱いスポ根系ブロマンスを見せられるとは思わなかった。

 主人公の少年フィニーや誘拐殺人魔グラバーのキャラクター造形はけっこう地味で、正直物足りなさも覚えるほどだが、しかしながらその分、予知夢能力を持つ向こうっ気の強いフィニーの妹や、最後まで熱いブラザーフッドを見せつけるフィニーの親友、そして無職でヤク中ながらグラバー事件の真犯人に誰よりも早くたどり着く"迷"探偵など、魅力的なサブキャラには恵まれている。これだけサブキャラが濃いと、むしろメインキャラは地味なくらいでちょうどよいのかもしれない。

 本作『ブラック・フォン』は、先に挙げた『IT/イット "それ"が見えたら、終わり。』『サマー・オブ・84』『クローブヒッチ・キラー』という近年の郊外型ジュブナイル系ホラー作品の同線上にあって、それらの過去作よりもさらにブラッシュアップと娯楽性が向上した傑作である。この路線の作品が今後もコンスタントに作られ続ければ、まだまだ良い傑作が現れそうだ。

 

(2023年6月12日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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