第235回『歩くひと』

狂うひと

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『歩くひと』
2023年:日本
監督:小川 響


 ENBUゼミナールという映画・演劇関係の専門学校の卒業制作として作られた一本。監督をした小川氏とはツイッターを介して知り合い、去年から映画の話を肴に一緒に飲んだりしていた。以前にも一本、自主の短編映画を撮っており、当人いわく、その時はまだ映画作りのノウハウは右も左も分からなかったそうだが、今回は基礎的な技術などを学んだ上で撮った短編作品ということになる。

 さえない中年サラリーマンの主人公が、ある日ちょっとしたことで股関節を痛めてしまい、医者の薦めでリハビリと筋力トレーニングを兼ねた散歩を日課とするようになる。

 最初はただ何となく歩いていただけだったが、次第に歩く気持ち良さにハマり始め、家庭でも職場でもうだつの上がらぬ地味な中年だった主人公が、歩くことで得る充実感から、いつしか自信に満ちた快活で前向きな日々を送るようになる。

 職場の礼儀知らずな部下をビシッと叱ったり、距離感のあった年頃の娘とも積極的にコミュニケーションを取ろうとしたり、以前とは見違えるような「立派な大人」としての理想を生き始め、すっかり人生の好転を迎えたように思えた主人公だったが、しかしそれは好転どころか狂気への一本道であった。歩くことに夢中になり過ぎた主人公は、数キロの散歩では満足出来なくなり、次第に10キロ20キロと度を越した長距離散歩に我を忘れてのめり込んでいく。

 朝も夜も歩きまくるので、会社に何時間も遅刻して出勤するのが当たり前となり、また帰宅時間もどんどん遅くなる。そのあまりの豹変ぶりを心配した妻から「もうこれ以上、散歩ばかりするのはやめて!」と否定的に懇願された主人公が、「うるせぇ! 俺は歩きたいんだ!!」とブチキレる瞬間、歩くという行為がそのまま破滅的な暴走行為へと転換される。

 職場からも家庭からもどんどん乖離しながら、主人公はただひたすら歩いて歩いて歩きまくる。そして歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いたその果てに、家に帰りたくても帰れなくなる(帰るべき場所を喪失した)、どん詰まりの精神領域にまで到達してしまう。

 『泳ぐひと』(1968年)をはじめとする多数の過去作からの影響が見受けられる、典型的なミドルエイジ・クライシス映画であるが、「主人公が人生の帰り道を見失ってしまう」とも捉え得るあのラストには、『わらの犬』(1971年)のラストを思わせる虚無的な悲哀感がある。

 30分程度の短編ながら、中盤に若干の中弛みを覚えたが、オープニングから無駄のない入り方で、主人公が歩き出し、それによって自信を持った人間となり、そこから今度はどんどん「狂うひと」に豹変していってしまう流れを、「ただ歩く」という究極的にシンプルな行為を主軸に描きながら、それをしっかりと映画的な面白さに繋げることに成功している。

 自主映画にありがちな、やたら内省的で詩的な台詞を長々と垂れ流すような作風ではなく、主人公の「行動」とその変化によって、停滞を感じさせないようにどんどん話を能動的に転がしていく、という紛れもない「娯楽映画」であろうとする姿勢が何よりも良い。

 アクション要素も恋愛要素も謎解きサスペンスの要素もない、かなり地味なミドルエイジ・クライシスの転落劇なので、おそらくここまで面白く仕上げるのは相応に難しかったと思うが、それでも変に奇を衒うのではなく、堅実に「娯楽であろう」「きちんと映画たるものを作ろう」という意志がしっかりと作品に結実したレベルの仕上がりだと言える。事前に想像していたよりは遥かに面白い出来の作品なので、もう少し幅広く鑑賞される機会が増えればイイなと思っている。

 

(2023年4月26日)

プロフィール

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わがままコブラ
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1984年5月2日
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