第233回『オオカミ狩り』

韓国産バイオレンスの底力

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『オオカミ狩り』
(늑대사냥)
2022年:韓国
監督:キム・ホンソン


 『チェイサー』(2008年)や『悪魔を見た』(2010年)といった作品をきっかけに韓国映画の魅力にハマり始め、ゼロ年代以降の韓国産の暴力映画・犯罪映画の過去作をコツコツとたどりながら、同時にこのジャンルの新作の方もコツコツと追い続けて来たが、『アシュラ』(2016年)や『V.I.P. 修羅の獣たち』(2017年)あたりの作品をピークに、その前後(2010年代中頃)からは韓国映画全体で暴力性や残虐性のマイルド化が進み、かつてのどぎついハードコアさは鳴りを潜めて、さすがの韓国産バイオレンスも物足りなくなってきたなぁ、とモヤモヤさせられる状態が続いていた。

 あくまで私的な推測だが、ゼロ年代初頭からずっと、世界的にも他に類を見ないような強烈な暴力表現を追求し続けてきた韓国産の犯罪映画の、その苛烈でヘヴィな作風に対して、2010年代中頃から当の韓国の観客たちが食傷し始めたのではなかろうか。犯罪アクションのような作品は依然として作られ続けてはいても、2010年代中頃からは徐々に、マ・ドンソク主演作のような比較的マイルドで見やすいタイプの作品に、韓国の観客たちの需要が移行し始めたのではないかと思える。

 『インサイダーズ/内部者たち』(2015年)
 『コインロッカーの女』(2015年)
 『殺戮にいたる山岳』(2016年)
 『グランドファーザー/哀しき復讐』(2016年)
 『華麗なるリベンジ』(2016年)
 『監獄の首領』(2017年)
 『ザ・メイヤー/特別市民』(2017年)
 『ザ・キング』(2017年)
 『犯罪都市』(2017年)
 『殺人の記憶法』(2017年)
 『名もなき野良犬の輪舞』(2017年)
 『The Witch/魔女』(2018年)
 『毒戦 BELIEVER』(2018年)
 『人狼』(2018年)
 『工作/黒金星と呼ばれた男』(2018年)
 『悪人伝』(2019年)
 『パラサイト/半地下の家族』(2019年)
 『ビースト』(2019年)

 ……といった作品の数々から、先述したようなマイルド化の傾向を強く感じ始めた。いずれの作品も、かなり意識的にマイルドなバランス感覚に徹した(見ていて厭な気持ちにさせないような配慮が為された)作風とでも言えばよいのか、あまりエグさやヘヴィさを感じさせない犯罪映画がかなり増えたな、という印象が2010年代後半から強くなった(先に挙げた中では、『インサイダーズ/内部者たち』『名もなき野良犬の輪舞』『殺人の記憶法』『工作/黒金星と呼ばれた男』はマイルドながらかなりの傑作だと思う。『コインロッカーの女』もけっこう良かった)。

 2020年代に入ってからも、それなりに期待して見た『楽園の夜』(2020年)、『ただ悪より救いたまえ』(2020年)が予想以上に物足りなく、さらに『狼たちの墓標』(2021年)がゼロ年代以降の韓国産ノワールの出涸らしそのものといった感じで、これはもう韓国映画の新作を意識的に追い続けるモチベーションがなくなってしまったな、くらいに思っていたのだが、しかしここへきて、とんでもない猛毒のような韓国産バイオレンス・アクションの新たな傑作が現れた。

 それが本作『オオカミ狩り』だ。

 逃亡先のフィリピンで捕まり投獄されている韓国人凶悪犯たちを、本国へと送還する取り決めが両国間で交わされるが、第1回の護送中、凶悪犯の一人を狙った犯罪被害者の報復自爆テロにより、凶悪犯ばかりか警官や一般人までもが巻き添えとなる大惨事が起こってしまう。

 このため、第2回からは巨大貨物船を間借りする形で、空路ではなく海路で、極力人目に付かぬよう凶悪犯たちを護送することとなった。

 殺人や強姦といった重罪を重ねている極悪人、何十年も服役している古参の囚人、さらには国際指名手配されている者まで、犯罪者の中でも最も危険な部類の人間たちを、3日間かけてマニラから釜山まで護送する。この危険な任務にあたるのは手練れの刑事たちだ。凶悪犯相手にこちらもなかなか野蛮で、生意気な口を利く囚人を警棒でボコボコに殴りつけるようなベテランの鬼刑事もいる。

 前回の大惨事を踏まえ、今回こそは慎重に慎重を重ねて任務を遂行しなければならないが、しかし護送する相手が相手である。悪知恵も働き度胸も据わった、札付きの凶悪犯ばかりなのだ。そんな状況下での護送が平穏無事に済むはずもなく、出航して1日も経たぬうちに、貨物船を乗っ取って海外へ逃亡しようと企む囚人たちによる計画的な暴動が発生する。

 事前に船員を装って紛れ込んでいた囚人たちの仲間も加わり、刑事たちとの凄惨な殺し合いに発展。船内は瞬く間に血みどろの屠殺場と化す。

 さらに今回は囚人たちの他にも、ある極秘プロジェクトに関わる「化け物」が、フィリピンから韓国へと移送されるためにこの貨物船内に密かに運び込まれており、深い眠りに就かされていたはずのその「化け物」が、刑事と囚人たちの殺し合いの騒ぎの中で、滴る血の匂いに引き寄せられるように目を覚ましてしまう。こうして、大量の血と肉片が飛び散る大殺戮の一夜が幕を開ける……。

 『コン・エアー』(1997年)と『ユニバーサル・ソルジャー』(1992年)を掛け合わせ、その暴力性と残虐性と血糊の量を200倍に増幅させたような、何とも景気の良い痛快娯楽バイオレンスだ。部分的な回想シーンや外部(陸地)でのやり取りのシーンを除いて、物語のほとんどが巨大貨物船の船内でのみ展開され、その99.99%は血みどろのバイオレンス・アクションで埋め尽くされる。

 既に公開初日とその翌日の2日連続で見に行っているほど、私のハートにどストライクの傑作バイオレンス映画であるが、私が本作に最も感心させられた点は二つ。

 まず一点は、バイオレンス・アクションを見せることにのみ振り切って、アクション映画において足枷となってしまいがちな人間ドラマや恋愛要素、あるいはサービス的なお色気要素といった余分な贅肉を徹底的に削ぎ落としている点だ。登場人物も多く、一部の主要キャラはその過去にも言及されるものの、背景的な説明や寄り道・回り道に長々と時間を割くようなことは一切しない。

 後半の展開上必要となってくる「化け物」に関する説明も、船内で発見される極秘資料を登場人物の二人がリレー形式でサラっと読んで聞かせ、そこに端的な回想シーンを被せるのみに留めている。そしてこの回想シーン自体も凄惨なバイオレンス・アクションの見せ場として機能しており、無駄がない(劇中数回ある回想シーンも、ほぼバイオレンス・アクションで埋め尽くされている)。

 アクションを見せることにのみ特化し、他の余分な要素を徹底的に排除した上で成功した映画作品として、本作『オオカミ狩り』は、『プレデター』(1987年)、『アポカリプト』(2006年)、『ザ・レイド』(2011年)といった作品に連なる一本と言える。

 長い長い映画史の中でも、ここまで徹底的にアクションに特化し、ドラマ・パートに時間を割くことを極力排除した上で成功した作品は、ほんの一握りではなかろうか(例えば、ドニー・イェンの主演作やプラッチャヤー・ピンゲーオの監督作などでは、ドラマ・パートがアクションの足を引っ張っているなぁ、と思わされることが非常に多い)。

 そして本作に感心させられた二点目は、漫画的・アニメ的なノリの荒唐無稽さを多分に有した作品でありながら、それをシリアスに徹した実写的リアリティーの枠にハメ込むことに見事成功している点だ。この手のエクストリーム系のバイオレンス作品やホラー作品となると、どうしても「やり過ぎ感」ばかりを突き詰めてしまって、それがギャグっぽい茶化しになるパターンが非常に多い。

 例えば『東京残酷警察』(2008年)や『ガンズ・アキンボ』(2019年)といった作品がそうだが、それはそれで一つのジャンル的方向性を目指した作風で、そこを目指すこと自体に何ら非はないわけだが、しかしながら私はどうしてもこの方向性に振るバイオレンス作品が苦手で、それはつまり、血みどろの暴力表現に「これはギャグなので安心して笑って大丈夫ですよ」というマイルドな免罪符を自ら進んで付与してしまう行為に思えるからだ。

 このような「安心して笑えるマイルドさ」を与えられた暴力表現は、「恐さ」「痛さ」「厭さ」といったリアリティーを欠いた、緊迫感のないつまらないものに思えてしまうのである。『オオカミ狩り』の予告編を見たときも、まず何よりも先に、こういったギャグっぽい茶化しの方向に振る暴力表現になっていはしまいか、という懸念を覚えたが、しかしそれは全くの杞憂であった。

 物語の構成やキャラクター造形などは、かなり思い切った漫画的・アニメ的な荒唐無稽さに振っているのだが、その主軸は徹底的にシリアスに、「恐さ」「痛さ」「厭さ」の実写的リアリティーに準じた骨太な暴力表現として突き詰めている。異常な量の血糊と過剰なまでの人体破壊の連続であるが、それをアクロバティックなアクションにはせず、あくまで殺伐としたリアリティーと実戦的(タクティカル)な重厚さを持った、手堅い画作りのアクションとして丹念に作り込んでいる。

 キム・ホンソン監督は本作でのアクションを「ハイパー・リアリティー・アクション」と名付けており、「生きるか死ぬかの本能的でシンプルなアクションを描いた」「生き残るために戦う、鋭い刃物を突き付けられるようなアクションを目指した」というようなことをインタビューで語っている。劇中のほとんどの時間をアクションに割いているが、しかしながら一つひとつのアクションをダラダラと長引かせることなく、端的に切り詰めた骨太な捌き方で、眼前の敵を「殺す」ことのみを明確な目的とした殺陣なので、無駄なキャッチボールがなく、決着がつくのも早い。

 キャラクターごとの死亡フラグも一切読めないので、一瞬たりとも気が抜けず、次の瞬間に誰が死ぬかも分からぬ緊迫感の中で、次から次へと人が死にまくる。主要キャラだから生き残るだろうと思って見ていると、そんな甘っちょろい希望的観測は見事に裏切られ、どんな善人キャラだろうと魅力的なキャラだろうと、一瞬にして血みどろの肉塊と化す。男女差も一切関係なく、次から次へと休みなく人が殺され続ける。約2時間という尺の中で、人が死なない場面の方が遥かに少ない。

 漫画的・アニメ的なノリの荒唐無稽さを実写的リアリティーの枠に巧くハメ込んだ、という点に関しては、本作で最も魅力的だと思えるキャラクター、ジョンドゥの存在がそれを端的に表している。ソ・イングクという俳優が演じているのだが、まるで少女漫画から抜け出して来たようなセクシーかつキュートな美青年でありながら、同時に凶悪で残忍な野獣系の殺人マシーンでもあるという、もはや完全に漫画やアニメの世界でしか成立し得ないようなキャラクター造形なのだ。

 予告編でジョンドゥの姿を見たときは、さすがにこのキャラクター造形を実写で見せたら、違和感のある変な浮き方をするだろうと思っていたのだが、いざ本編を見てみたら、これが見事に実写的リアリティーの画の中に馴染んでいるのである。これは本当に驚いたし、感動的ですらある。

 『The Witch/魔女』を見たとき、さすがの韓国映画も、漫画的・アニメ的なノリのアクションやキャラクター造形を実写のリアリティーの中に再構築するには、やはりここらへんが限界なのかと不満を覚えたが、『オオカミ狩り』は見事にその限界値を超えて(その先を見せて)きた。

 過去の韓国映画で、漫画的・アニメ的なノリのアクションやキャラクター造形を実写のリアリティーの中に再構築するのが比較的成功していると思える作品は、『グッド・バッド・ウィアード』(2008年)くらいだろうか。

 本作『オオカミ狩り』に対する唯一の不満は、続編を匂わせる(続編へ繋げるための余白を残す)終わらせ方のため、ハッキリとしたオチがつかずに締まりのない感じになってしまっている点で、ここだけは本当に玉に瑕だが、その欠点を補って余りある傑作であることは間違いない。

 『シュリ』(1999年)や『シルミド』(2003年)あたりから本格的に「ハリウッドに追い付け追い越せ」の世界照準の映画作りを始めた韓国映画が、その10年後の『高地戦』(2011年)でハリウッドに追い付くレベルに到達し、そこからさらに10年後の本作『オオカミ狩り』でついにハリウッドを越えるレベルの領域にまで達した、と言っても過言ではないように私には思える。

 この先どうなるかなど誰にも分からぬが、『オオカミ狩り』という新たな傑作の登場により、またしばらくは韓国映画の新作をコツコツ追いかけてみよう、とそう思わされた次第である。

 

(2023年4月9日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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