第22回『インセプション』

うつし世は夢?


『インセプション』
(Inception)

2010年:アメリカ、イギリス
監督:クリストファー・ノーラン


 「バットマン」を善と悪のシリアスな哲学的対決として描いたノーラン監督作『ダークナイト』(2008年)は正直イマイチだった。純粋悪であるジョーカー役のヒース・レジャーの仕事っぷりは素晴らしいことこの上ないのだが、肝心のジョーカーの悪事を描く面でどうも煮え切らない演出が多く、せっかくヒース・レジャーが作り上げたジョーカーのクールなイカレっぷりも、作品自体が足を引っ張ってパワーダウンさせてしまった感が否めない。悪を思い切って描けないとなれば、当然、善を問う上でも説得力がなくなってしまう。悪には悪なりの魅力が不可欠なのだ。

 そんなこんなで、「この監督の作品とはもう縁がないだろうなぁ」などと思っていたのだが、本作『インセプション』は予告でちらと見たヴィジュアル面に興味を引かれたので、何となく見てたら、これが思った以上に面白かった。相変わらず登場人物たちのキャラは立っていないし、ジョークの一つも出てこない堅苦しさは目立つが、それでも充分楽しめる。特にヴィジュアル面はCG嫌いの私でもけっこうグッとくるダイナミズムがあって、150分近い長尺ながら全然飽きが来なかった。

 主人公のコブ(レオナルド・ディカプリオ)は、数人が同じ夢を共有して見ることが出来る装置を使って、対象となる人間の潜在意識に入り込み、そこから重要な「アイディア」を盗み出す企業スパイとして活躍していた。しかし今回、大物実業家サイトー(渡辺 謙)からの依頼はいつもとは違うものだった。サイトーのライバル企業を解体させるため、そのライバル企業の次期社長である御曹司の潜在意識に、企業を解体へと導くための「アイディア」を植え付けるというもの。つまりは次期社長自身の手で、彼の父親が築き上げてきた大企業を解体させようというわけだ。

 他人の潜在意識から「アイディア」を盗み出すのと違い、逆にそれを植え付ける「インセプション」はほとんど不可能に近い離れ業であるため、コブは依頼を受けるのを渋るが、彼の今までの犯罪履歴を末梢し、離ればなれに暮らさざるを得なかった子供たちの元へ帰れるように手配するというサイトーからの交換条件を飲んだコブは、世界中から選りすぐりのプロフェッショナルたちを集め、この不可能に近いミッションを決行することに。

 しかしコブはプロフェッショナルとして重大な問題(欠陥)を抱えていた。それは自分のせいで自殺してしまった妻に対する罪悪感がミッション中の夢の中に投影されてしまい、事あるごとに今は亡き妻の幻影がコブの仕事を妨害しようとするのである。

 コブは昔、妻と二人で夢の中へトリップし、浮世の憂さとは無縁の理想化された世界で、バーチャルな疑似生活を送るという御法度を楽しんでいたのだが、そんなことを続けていればドラッグ同様、深みにハマり込むのは避けられない。案の定、妻は夢と現実の境目が曖昧になり始め、果ては完全に現実の世界を捨て、いつまでも夢の世界で暮らしたいと思うようになる(というより、「今見ているこの夢こそが現実だ」と思い始める)。江戸川乱歩が言うところの「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」を地で行ってしまったというわけだ。

 このままでは妻が現実の世界に戻って来れなくなると危惧したコブは、「夢で死ねば目が覚める」という「アイディア」を妻の潜在意識に植え付ける。実はコブはこの時に一度、「インセプション」を実行していたのだ。そして夢の中で自殺することによって現実に戻った妻だったが、「インセプション」によって植え付けた「アイディア」は彼女の潜在意識に残ったままだった。これはコブの完全な誤算だった。現実に戻った妻は、この現実もまた夢かもしれないと思い始め、不安定な精神状態のまま、ついには「夢で死ねば目が覚める」を現実の世界で実行してしまったのだ。

 こうして、妻を自殺に追い込んでしまった罪悪感から、コブはミッション中においてさえ妻の幻影に悩まされることになったというわけである。果たしてコブは今回のミッションを成功させ、失われた人生を取り戻すことが出来るのか。そして妻の幻影から逃れることが出来るのか……。

 SFスパイ・アクションとしての面白さもさることながら、夢を商売道具として生きる主人公が、ミイラ取りがミイラになる図式そのまんまに、次第に夢に浸食されていく様を描いた人間ドラマとしてもなかなか見ごたえがある。亡き妻(の幻影)を自分が設計した夢(想い出を再構築したもの)の中に住まわせ、仕事の合間を見計らっては、一人孤独にその夢へトリップしているコブの姿はあまりにも悲痛だ。大友克洋原作のアニメ『彼女の想いで』(1995年)に出てきた、「想いでは逃げ込む場所じゃない」という台詞をふと思い出した。

 人は夢を見ている時、基本的にはその夢の世界を現実世界だと思って生きている。とすれば、今こうして生きている(体感している)この現実も、実は夢なのではないか? ……こうした考えは、実存的な不安であると同時に、現実逃避的なある種の願望であるとも言えよう。

 この映画ではミッション時に使われる夢の構造は何層にもなっており、夢の中でまた夢を見、その夢の中でまた夢を見、そのまた夢の中で……というふうに描かれているので、見ているこっちもどこからどこまでが現実のシーンで、どこからどこまでが夢のシーンなのか分からなくなってくる。

 果たしてこの実人生と思っているものが終わるとき、自分はどんな場所で目覚めるのだろうか。天国だろうか、地獄だろうか。あるいはこのまま、死んでも覚めない夢を見続けるのだろうか。

 

(2011年7月23日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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