第214回『赤い航路』

冷め切った愛は死よりも残酷

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『赤い航路』
(Bitter Moon)
1992年:フランス、イギリス、アメリカ
監督:ロマン・ポランスキー


 倒錯的・狂気的な愛欲の破滅を描く作品かと思いきや、どこまでも普遍的・世俗的な男と女の腐れ縁(共依存)の果ての愛の地獄を描いた、実にビターな大人の「暗黒夫婦映画」であった。

 話の舞台は地中海を行く豪華客船。結婚七年目の夫婦、ナイジェル(ヒュー・グラント)とフィオナ(クリスティン・スコット・トーマス)は、この船旅である不可思議な夫婦と出会う。車椅子の中年で全く売れない作家のオスカー(ピーター・コヨーテ)と、彼には不釣合いに思えるほど肉感的で妖艶な若妻のミミ(エマニュエル・セニエ)だ。オスカーはしきりに妻ミミとの馴れ初め話をナイジェルに聞かせたがり、渋々ながらもナイジェルは毎晩オスカーが語る「愛の物語」を聞くことになる(本作はオスカーが語るこの「愛の物語」の回想録を主体として話が進んでゆく)。

 祖父が残した遺産のおかげで、パリで気ままに売れない作家生活を送る中年オスカーが、ある日バスの中で偶然、若く美しいミミに出会って一目惚れし、いつしか二人はドラマチックで美しい恋に落ちる。序盤のこの二人の美しい恋愛劇を無駄なく丁寧に撮り上げる手腕に、映画職人としてのポランスキーの才能の高さを改めて思い知らされるが、しかしこの爽やかで美しいパートは、後に続く地獄を際立たせるためのゾッとするような恐ろしさを秘めているのだ。

 詩的な甘い言葉で愛を語るオスカー。ダンサーであるミミは本能的な感覚でオスカーの愛を受け入れ、ロマンチックで美しかった二人の愛は、次第に倒錯的なSMの世界へと雪崩れ込んでゆく。日に日に二人のプレイ内容はその下劣さ過激さを増し、物語はこのまま頽廃的で破滅的な方向へ転がっていくのかと思いきや、本作はここからが面白い。過激なSMセックスを毎日のように繰り返した果てに、どこまでもありきたりな男女の倦怠期が二人を襲うのである。

 SMプレイにも普通のセックスにもすっかり飽き飽きし、急速に心がすれ違い始める二人。特にオスカーの方はミミへの愛も冷め切ってしまい、未だにオスカーへの愛を示すミミのことがどんどん煙たくなってくる。そして次第にミミへの嫌悪を露骨に示すようになり、それでもオスカーを愛そうとするミミのことをひたすら精神的にいたぶり始める。徹底的に侮辱し、罵倒し、ゴミ扱いし、ミミの精神が崩壊寸前になるまで追い詰めた末に、最悪の方法で彼女を捨ててしまう。その後、気ままな独り身となったオスカーは、パリの街中でナンパした女たちと一夜限りのセックスに明け暮れる。

 そんな淫蕩な堕落生活に耽り続けたある日、オスカーは交通事故に遭い、入院することに。するとそこへ現れた唯一の見舞い客が、なんとかつてオスカーに散々いたぶられ捨てられたミミであった。そしてここから今度はミミによる地獄の復讐劇が始まり、冷め切った愛の果ての純粋な憎しみだけで繋がった、最低最悪の腐れ縁(共依存)としての二人の結婚生活が始まる……。

 かつて愛し合った二人が楽しんだ過激なSMプレイなんかよりも、互いの愛が冷め切った後の傷付け合いの方が遥かに残酷で痛々しい……という何とも皮肉で悲喜劇的で普遍的な男と女の愛の地獄を、じっくり丁寧に作り込んだ質の高い娯楽映画として見せ付けてくるのだから恐ろしい。ポランスキーはやはり根が病んでいるとしか思えないが、しかしどんなに見る者を残酷に突き放すような内容でも、娯楽映画としてきっちり面白く、そして美しく丁寧に仕上げる腕前には脱帽せざるを得ない。

 終盤は、オスカーとミミの残酷な関係性に、結婚七年目で倦怠期に突入し始めているナイジェルとフィオナも巻き込まれるような形で、最悪のラストへと向かって突き進んでゆく。

 この終盤で二転三転するちょっとした仕掛けからの、絵に描いたような最悪のラストでさらっと突き放すのがポランスキーの真骨頂だと言っても過言ではない。残酷ではあるがエモーショナルな煽りはせずにさらっと冷たく突き放す感じが、どこまでもポランスキーらしい。

 救いの有無がどうとか、死にもそれなりに意味が云々とかそんなことではなく、「まぁこれはこういうことなんで」とさらっと突き放す。そこには物語的事実のみがあって、それ以上のドラマ性や哲学的示唆など不要だとでもいうようなドライな冷たさを感じる。

 それを作家性と呼べるのかは分からないし、全てが作り手の精神性、人間性に基づくものだと言い切れるわけでもないが、数々のポランスキー作品に自分が引き込まれる要因の最たるものが、この突き放すようなドライな冷たさにあることは確かだ。

 こういう魅了のされ方が健全だとは決して思わないが、おそらく私は今後もこのような形でポランスキー作品の数々に魅了され続けるのだろう。つまるところ、そこに私なりに考える「人間とは何か」の一つの指標たり得るものがある、とそう思うからである。

 

(2022年10月17日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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