第208回『トゥルー・ディテクティブ/シーズン2』

人生の底を這う負け犬たちの戦い

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『トゥルー・ディテクティブ/シーズン2』
(True Detective / Season 2)
2015年:アメリカ
監督:ジャスティン・リン、ジェイナス・メッツ・ピ―ダ―ゼン、ジェレミー・ポデスワ
   ジョン・クローリー、ミゲル・サポチニク、ダン・アティアス


 全8話の脚本はシーズン1に引き続きニック・ピゾラットが担当。監督はシーズン1のキャリー・ジョージ・フクナガによる1人体制とは異なり、今シーズンでは6名の監督が分担している。

 やたら賞賛されているシーズン1に比べると、こちらのシーズン2はネット上などでもあまり評判が芳しくないようだ。確かに、過去と現在を交差させて描くシーズン1のような凝った構成ではないし、主要キャラたちもシーズン1のような(特にラスト刑事のような)面白いクセ者は出てこない。そして謎が謎を呼び身の毛もよだつ良質なサイコ・サスペンスとしての要素もない。

 都市開発の利権をめぐる政治家、警察、ギャングたちの腐敗した世界での争いを描いた、至極ありがちなハードボイルド作品で、作品としての出来の良さがシーズン1に比べれば劣るというのは、客観的に認めざるを得ない事実かもしれないが、しかしながら、非情な世界を生きる負け犬たちを描くハードボイルド作品としては、私はむしろこちらの方がシーズン1よりも好みである。

 舞台はカリフォルニア州の架空の工業都市、ヴィンチ市。大規模な鉄道建設計画に関わる市政代行官が何者かによって惨殺され、市・郡・州それぞれの警察組織の思惑を背景に、刑事のレイ(コリン・ファレル)、保安官のアニー(レイチェル・マクアダムス)、ハイウェイ・パトロールのバイク警官ポール(テイラー・キッチュ)の3人が特別チームを編成し、この事件の捜査にあたることになる。一方、殺された市政代行官に自分の大金を持ち逃げされていたことを知った地元ギャングのボス、フランク(ヴィンス・ヴォーン)も、この事件の犯人探しに乗り出す。

 本作はこの4人のキャラを中心に、ひとつの殺人事件を発端として見えてくる政治権力や警察機構の腐敗の実態、そして4人の過去と私生活における問題や闇を描き出してゆく。過去や私生活に大きな問題や深い闇を抱える主人公たちが、権力絡みの難事件を捜査するうちにどんどん破綻してゆき、ボロボロになって地の底を這いながらも、最後に「やり残した仕事」にケリをつけて自分たちの人生を取り戻そうとする流れは、大まかに見ればシーズン1とほぼ同じと言えるが、シリアスな中にもどこかシニカルなユーモアや救いがあったシーズン1に比べ、こちらのシーズン2はとにかく暗く、重く、辛い。主人公4人は、心の休まる瞬間が微塵もないほど愚直に破滅の坂道を転げ落ちていく。

 また、シーズン1のラスト刑事のような、「かなり屈折はしているが刑事としての腕は超一流」という特殊能力を持った「デキる」キャラがいるわけでもなく、難事件に立ち向かう主人公たちは皆、特殊能力どころか「普通に生きる」ことからも大きく脱線した負け犬たちばかりだ。地元ギャングのボスであるフランクですら、政治家や警察の上層部ほどの(真に腐敗し切った)悪党にはなれない詰めの甘さから、他の裏組織やギャング・グループから足元を見られ、挙句は自分の部下たちにさえも裏切られ、落ちぶれた警官であるレイ、アニー、ポールと実質的な立場はほとんど変わらない。

 そんな人生の底を這う負け犬たちが、底の底まで追い詰められた果てに、一矢報いるための攻めに出る。巨悪のシステム全体は壊せないかもしれないが、そのきっかけとなるカウンター攻撃であれば(刺し違え覚悟の急襲であれば)、負け犬にだって出来るかもしれない。

 こうして迎える最後の殴り込みは、前シーズンにはなかったストレートな「負け犬たちのハードボイルド」としての醍醐味である。

 サスペンス要素の色濃い刑事ドラマとしての出来の良さは確かにシーズン1の方が上かもしれないが、ことハードボイルドという点においては、そのどこまでも愚直な非情さと救いのなさ、そしてそんな地の底を這いながらも「最後くらいはブチかましてやろう」と奮起する負け犬たちの反逆のドラマとして、私はこのシーズン2の方を推したい。

 ある者は死に、ある者は「次」の人生へと続く道を歩み始めるあの最後の描き方は至極ベタではあるが、そうであるがゆえの気取りのない感動がそこにはある。

 

(2022年6月5日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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