第206回『ジャコ萬と鉄』(1964年)

痛快! 爽快! 明るい健さん

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『ジャコ萬と鉄』
1964年:日本
監督:深作欣二


 原作は梶野悳三(かじのとくぞう)の1947年発表の小説『鰊漁場(にしんば)』(後に『ジャコ萬と鉄』に改題)で、1949年に東宝で谷口千吉監督(共同脚本・黒澤明)によって映画化され、それを1964年に東映で深作欣二監督がリメイクしたのが本作である。

 深作によるこのリメイク版も、脚本のクレジットは谷口千吉と黒澤明になっているので、谷口版の脚本をそのまま使ったのだろうか。

 舞台は北海道のとある漁場。毎年、ニシン漁の季節になると、この漁場へ「ヤンシュ」と呼ばれる出稼ぎ漁夫たちが各地から集まる。漁場を仕切る九兵衛(山形勲)は因業な銭ゲバで、どんな人間でも構わず安くこき使おうとするので、「ヤンシュ」の中には素性の知れないヤクザ者や訳ありの犯罪者なども少なくない。そんな出稼ぎ漁夫たちに紛れて、ジャコ萬(丹波哲郎)という荒くれの密猟者がこの漁場へ現れる。彼は白熊などを狩り、その毛皮を売っては稼ぎを全て酒に使ってしまうような、やさぐれ切った獣みたいな男だ。

 ジャコ萬はかつて樺太で九兵衛と共に漁をしており、引き揚げの際に九兵衛に船を盗まれたあげく置き去りにされ、その後は「血の涙を流すような」地獄を味わったため、九兵衛に復讐をすべくこの漁場へ現れたのだ。彼は自分と同じ地獄を九兵衛にも味わわせてやりたいと、何か大きな復讐を企んでいる。宿舎の寝床の二階部分を占領し、タダ飯タダ酒を食らい飲み続け、気に食わないことがあれば暴れ回るジャコ萬を、年を取り裏切った後ろめたさもある九兵衛はどうにも出来ない。

 そんな折、船の事故で死んだと思われていた九兵衛の息子、鉄(高倉健)がひょっこり帰ってくる。真っ直ぐな性格で腕っ節も強く度胸もある鉄は、出稼ぎ漁夫たちにもすぐに好かれる快活な海の男だ。ある晩、鉄は宴の席で傍若無人に振舞うジャコ萬にケンカを仕掛けられるが……。

 ジャコ萬と鉄の壮絶な死闘が繰り広げられる因縁めいた決闘映画かと思いきや、良い意味でその予想は裏切られる。ジャコ萬の復讐譚が一応の主軸に置かれるものの、そこに労働搾取の問題や訳ありの過去に苦悩する男、あるいはジャコ萬に惚れてどこまでも彼を追いかけてくる女といった複数のエピソードが織り交ぜられ、漁のシーズンに一つの漁場に集う人々の多彩な人間ドラマが展開される。出てくるキャラ、出てくるキャラ、みな尽く魅力的で楽しませてくれるのだが、何といっても高倉健演じる鉄のキャラクターが、スコーンと突き抜けるような快活さで何とも気持ちが良い。

 鉄はまさに竹を割ったような性格で、どこまでも真っ直ぐでシンプルな生き方の「海の男」だが、正義感から他者を懲らしめるようなタイプではなく、「話の筋が通っているか」「道理に適っているか」という点のみを行動原理としている。

 腕っ節が強いのでジャコ萬からのケンカにも応戦するが、基本的に無益な争いは好まず、その場その場の地に足の着いた最善策を、シンプルな理屈の下に実行する。鉄は道理からして間違っていると思ったことは、たとえ相手が親であっても「間違ってる」と正直に言う。自分の父親を憎んではいないが、その因業な性格にはハッキリと「No」を突きつける。とはいえ、人にああしろこうしろと上から説教するのではなく、何事も自分が真っ先に動いて見本となる。

 本作は、ジャコ萬の復讐を含むあらゆる漁場のゴタゴタを鉄が明快な立ち回りで解決していく、ある種のスポ根的人間ドラマとしての傑作であると言える。

 深作欣二が監督デビューしてまだ3年目の作品なので、深作作品としては最初期のものと言えるが、それでも既に9本目の監督作ということもあってか、落ち着いた演出やカメラワークや編集のその端々に垣間見えるキレの良さ、テンポの良さに、映画監督としてのかなりの腕前を感じさせる。後の代表作の数々に顕著な、荒々しいカメラワークや大胆なアングルは、まだこの時点ではほとんど見られない(この2年後の作品『脅迫(おどし)』では、それらしい萌芽が見受けられる)。

 手堅くきっちり面白い娯楽作を撮る職人監督としての深作欣二の腕前と、後の「寡黙な健さん」イメージからはかけ離れた快活で明るく躍動的な高倉健の姿を堪能出来る作品として、本作は面白いだけでなく、非常に貴重な一本である。


 



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『ジャコ萬と鉄』
1949年:日本
監督:谷口千吉


 「黒澤明DVDコレクション」(書店などで売られているもの)として、旧作のDVDも手に入ったので見てみた。監督は谷口千吉、共同脚本に黒澤明。ジャコ萬役に月形龍之介、鉄役に三船敏郎。

 まず結論から言うと、深作版リメイクの方が圧倒的に面白い。谷口版は全体的に演出が平坦で、深作版のような活き活きとした躍動感に欠けるように思える。

 深作版リメイクの方も脚本のクレジットは谷口千吉と黒澤明になっていたが、やはりこの1949年版の脚本をほとんどそっくりそのまま使って撮っていたようだ。話の筋も各シチュエーションも細かな台詞もほとんどそのままトレースし、演出やカメラワークや編集でリメイク作としての個性を出している。ただ、リメイク版の方には重要な改変点もいくつかある。

 以下、私が気付いた範疇のもの。

①. 谷口版で「大学」というあだ名のキャラが深作版では「大阪」というあだ名のキャラに変更され、サブキャラながら深作版の方では色々と本筋に関わる(ジャコ萬の「復讐」というテーマにも関わってくる)重要な役回りとなる(病弱な部分や最後などは新旧で同じ)。

②. 鉄が岡惚れする娘のキャラクターと、その身辺事情が谷口版と深作版で全く違う。

③. ストライキを起こした漁夫たちを説得して漁に向かわせる役回りが、谷口版では大学だが、深作版では鉄に変わっている。

④. 終盤、ジャコ萬の復讐を鉄が食い止めようとする際、谷口版ではありがちな泣き落としだが、深作版は鉄のカラッとしたキャラ造形をそのまま生かしてお涙頂戴はなし(台詞はほとんど同じ)。

⑤. ラスト、鉄が漁場を立ち去る際、谷口版になかった鉄と九兵衛の会話が深作版にある。

 私が気付いた範疇では、以上の5点が特に目立った両作での違い(つまり深作版で改変された点)であるが、9割以上は谷口版の台詞やシチュエーションがそのまま深作版でも踏襲されている(「大学」「大阪」と鉄が岡惚れする娘以外のキャラ設定・造形もほとんどそのまま流用されている)。

 あと、ワンシーンずつをしっかり見比べたわけではないので、単に私の勘違い(気のせい)かもしれないが、谷口版の各シーンの「キャラが上手下手どちらから現れるか」等の方向を、深作版では反対に撮っているシーンも多かったような気がした(あくまで「気がした」レベルの話)。

 同じ脚本を使い、全体の流れや各シチュエーションやメインの登場人物のキャラ造形など、(いくつかの目立った改変点以外は)9割方ほとんどそっくりそのまま踏襲し、しかし演出とカメラワークと編集の妙味で、旧作とハッキリ差別化された個性を出すことに成功したリメイク作品というところで、深作版『ジャコ萬と鉄』は非常に稀有なリメイク作だと言える。

 


 

(2022年5月15日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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