第205回『ブレスレス』(1983年)

主人公の裡だけで鳴り響くロックンロールの空虚な輝き

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『ブレスレス』
(Breathless)
1983年:アメリカ
監督:ジム・マクブライド


 ジャン=リュック・ゴダール監督の代表作『勝手にしやがれ』(1960年)を、1980年代のアメリカ、ロサンゼルスに舞台を移してリメイクした一本。

 もともと『勝手にしやがれ』自体が全く好きではないので、そのリメイク作が存在することすら知らなかったが、たまたまネット上で本作『ブレスレス』の印象的なラストシーンを目にし、「おっ、これは面白そう!」と思って見てみたら、自分のハートにどストライクの大傑作であった。

 刹那的に生きるチンピラ、ジェシー(リチャード・ギア)は、ラスベガスで盗んだポルシェでLAへ向かう途中、パトカーとカーチェイスになり、その果てに誤って警官を撃ち殺してしまう。ジェシーはラスベガスで数日共に過ごしただけの女子大生モニカ(ヴァレリー・カプリスキー)のことが忘れられず、彼女を伴ったメキシコへの逃避行を夢想し、これを実行に移そうとする。

 ジェシーは根っからの悪党というよりは、どこまでもアナーキーな自由人だ。警官を撃ち殺してしまったことにはさすがに頭を抱えるものの、過去の過ちを悔いながら自ら重たい十字架を背負って生きるような柄ではない。いくら殺意のない犯行(ほとんど事故)であるとはいえ、人を一人殺めたとは思えぬ彼の底抜けの明るさには、どこか狂人じみた印象すら覚える。

 身勝手で能天気で粗野で横暴で、呼吸をするように嘘をつき、物を盗んだり人の部屋に勝手に忍び込むのも朝飯前。他者の気持ちをまるで考えず、惚れた相手には猪突猛進あるのみ。そして自身の欲求を相手に押し付けるばかりで、相手からの愛情や優しさの希求にはまるで応じない。常にハートの熱いロマンチストだが、他者から見ればどこか冷たい人非人と言える。そんな破天荒で狂人的ですらあるジェシーに振り回されるモニカだが、次第に彼のその野獣的な魅力に惹かれていく……。

 後の『ワイルド・アット・ハート』(1990年)や『トゥルー・ロマンス』(1993年)といった作品の系譜に連なる逃避行ロマンスと言えるが、ヒロインが共犯者として主人公との愛にどっぷりと浸かる『ワイルド・アット・ハート』や『トゥルー・ロマンス』と違い、『ブレスレス』のヒロインであるモニカは終盤まではジェシーが警官を撃ち殺して追われていることを知らず、メキシコへの逃避行もやはり終盤になって初めて戸惑いつつ受け入れるような形になる。

 つまり、中盤まではジェシーの犯罪者としての素性をよく知らずに彼との曖昧な恋愛関係を続ける、完全なる巻き込まれ型のヒロインなのだ。

 この手の作品だと、ヒロインが最初は主人公を警戒したり嫌悪したりしつつも、次第に(ストックホルム症候群的な要因も含みながら)主人公との破滅的な愛に深く溺れ始める……というのが定石だが、本作のヒロインであるジェシーは人生に行き詰まった女性ではなく、先々の社会的な展望もある(建築デザインを学ぶ)大学生であり、ひとときのアバンチュールとしてジェシーに惹かれはするものの、最後の最後まで吹っ切れない(現実的な行く末を見て、自分の将来の全てをなげうってまでジェシーに身を委ねるつもりにはなれない)感じが妙にリアリティーがあって面白い。

 また、主人公側も基本的にはヒロインに惚れ込んで、ヒロインを守るような形で破滅していくというロマンスとしての定石もこの手の作品にはあるが、本作のジェシーはヒロインのモニカに心底惚れているように振る舞いつつも、モニカ側からの愛の希求には応えないような無神経さがある。ジェシーはひたすら自身の欲求をモニカに押し付けるのみで、いわば恋愛行為自体がほとんど一方通行的に自己完結している状態だ。

 アメコミの『シルバーサーファー』を愛読し、その思想や恋愛観に自身の生き様を重ね、常に熱いロックンロールを自分の裡に鳴り響かせているロマンチストだが、一方で他者への思いやりの希薄さは、どこかサイコパスのようですらある。ジェシーはモニカをはじめ、劇中に出てくる他者の誰一人とも心が通じ合っていない(コミュニケーションが断絶されている)ように見える。

 そんなコミュニケーション不全で後先を一切考えぬアナーキーなジェシーが、何の成長をすることもヒロインの愛に運命を変えられることもなく(つまりは、ヒロインとの出逢いによって自身の人生を見つめ直す、というような展開は微塵もなく)、全てにおいて気持ちの良いほど無鉄砲な猪突猛進を貫きながら、スカッと爽快に(そして同時に物悲しい空虚さを湛えながら)破滅していく。

 やることなすこと間違っていて、ヒロインとの完璧な相思相愛に達することもなく(真に二人のハートが交わることもなく)、ただただ己のクレイジーで浅はかなロマンチシズムを自己完結させ、全てを終わらせるべく「死のダンス」を踊るあのラストシーンには心底シビレさせられる。

 なんと愚かな男の、なんと虚しく、なんと美しい最期であろうか。あのラストシーンで鳴り響くロックンロールは、ジェシーの頭の中だけで鳴り響いている。警官たちの忠告も、モニカの制止の声(彼女がここで叫ぶ「I Love You」は、愛の告白というよりジェシーの破滅を食い止めようとするものだろう)も、完璧な死に場所を見つけたジェシーの耳には届かない。彼はたった一人、自分の裡にだけ最高に熱いロックンロールを響かせながら、虚しい輝きを放って散っていく。

 これほどまでに情けなく愚かな男の散り際を、哀愁ではなく終始スカッと爽快なドライさで撮り上げた点が最高にアメリカ的だと思うし、そういう意味で、60年代フランス映画の名作を80年代のアメリカ映画としてリメイクした意味も価値も充分にあると言えるだろう。

 

(2022年4月18日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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