第201回『クライ・マッチョ』

イーストウッド、男90の終わらぬ旅路

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『クライ・マッチョ』
(Cry Macho)
2021年:アメリカ
監督:クリント・イーストウッド


 俳優としてのキャリアは60年以上、監督としては約50年で40本ほどの作品(TV作品なども含めると正確な本数は分からない)を撮ってきた映画人の中の映画人、クリント・イーストウッド。そんな彼が90歳(2020年撮影時)にして監督・主演を務めた最新作が本作『クライ・マッチョ』だ。『運び屋』(2018年)で監督・主演を兼任した際も「えっ! まだやるの!?」と驚かされ、監督としての腕も役者としての魅力もまだまだ冴えていたことにさらに驚かされたが、そこから監督のみの『リチャード・ジュエル』(2019年)を挟んで、またもや監督・主演兼任での新作である。

 私は正直そこまでイーストウッド好きではないのだが、マカロニ・ウェスタンや『ダーティハリー』(1971年)などの出演作、『恐怖のメロディ』(1971年)や『グラン・トリノ』(2008年)などの監督作は好きだし、何よりハリウッドでこれだけ長期間、多くの映画に出演し、多くの映画を撮り続けている映画人は他にいないと思うので、そこは一介の映画好きとして敬服する。

 『クライ・マッチョ』は見るかどうか迷っていたのだが、予告編を見たら面白そうだし、少し前に見た『運び屋』も予想を遥かに上回る面白さだったので、「90歳の現役スターが監督・主演する作品が一体どういう仕上がりになるのか」という単純な興味も手伝って、見てみることにした。

 若い頃はロデオのスターで、タフでマッチョな憧れの的であった主人公マイク(クリント・イーストウッド)。しかしロデオ大会での落馬事故をきっかけに人生の栄光からも転落し、また、交通事故で妻子を亡くす不幸にも見舞われ、年老いた現在は独居老人として空虚な日々を送っている。

 ある日、元雇い主から「元妻とメキシコで暮らす13歳の息子ラフォを自分の元に連れ戻してほしい」というかなり訳ありな厄介事を頼まれ、彼に大きな借りがあるマイクは、断りようもなくメキシコへと向かう。ラフォの母親は息子をネグレクト状態で放任し、彼女の若い愛人からの虐待もあるため、ラフォはほとんど家には寄り付かず、盗みや闘鶏などをしながら、路上での荒れた生活を送っていた。最初は乗り気でなかったマイクだが、結局はラフォを父親の元へ届けることを決意し、老カウボーイと少年、そして少年の闘鶏用の鶏の2人+1羽で一路アメリカを目指す。

 驚くほどシンプルなロード・ムーヴィーで、娯楽的な山場・見せ場もほとんどなく、何ヵ所かのピンチ場面は尽くご都合主義で済ませ、「マッチョであることの無意味さ」というテーマに沿った深い葛藤なども特にない。映画が映画として成り立つギリギリの要素だけで構成され、ドラマやアクションでの「盛り上げ」を可能な限り省略した、超が付くほどの「省エネ」映画である。

 これはもちろん、イーストウッドの年齢を考慮しての対策なのだろう。さすがに90歳の体力でハードな撮影は無理だろうし、特にアクションは削れるだけ削るしかないだろう(90歳の体で骨折でもしたら一大事だ)。しかしじゃあこれが物足りない駄作かといえばそんなことはなく、40本もの作品を撮ってきた腕の良さで、見事に「イイ映画」としか言いようのない作品を完成させている。

 強烈な個性やショッキングさもなく、涙腺を煽る泣かせのドラマあるいはテーマを深く掘り下げる深刻なドラマもなく、ましてハードなアクションもなく、ただひたすら美しい画(田舎町や自然の風景、愛らしい子供たちや動物たちの姿)を積み重ねていって、それらを背景に老イーストウッドの「歩く」「佇む」「運転する」「笑う」「寝る」といった演技、アクションを見せていく。

 見る前は少年の方が主役的な立ち位置になるのかなと思っていたら、主役はあくまでイーストウッド。自身が主演せずともイイ映画を撮れるイーストウッドが、あえてこの最晩年に「俺」を前面に押し出してきた「枯れのマッチョイズム」みたいな逆説が素晴らしい。

 映画の作り方そのものに個性なんて要らず、ただ平均的合格点の美しい画を重ねていって、そこに「俺(イーストウッド)」が立っていればイイんだ(イイ映画になるんだ)、という、ある意味で究極のマッチョイズムが逆説的にそこに成り立ってしまうような面白さだ。

 作品そのものは明らかに「省エネ」で薄っぺらくても、イーストウッドが長年に渡り積み重ねてきた監督としての腕前と味、そして俳優としての風格をもってすれば、これほどまでに「イイ映画」が出来てしまうのである。こんなことが出来るのも、俳優・監督としてのそのキャリアと腕前を存分に活かし切れる技量と体力を、現在のイーストウッド自身が持っているからに他ならない。

 『グラン・トリノ』はイーストウッド扮する主人公(このときでもイーストウッドは78歳なので充分老いていた)が自身の死に場所を見つける、一人の男の人生の幕引きを描く話であったが、『クライ・マッチョ』では(終の棲家らしき居場所は見つけるものの)まだまだ枯れ切る様子もなく、「この先」がありそうに思わされる。

 まさに生涯現役で、撮れる限りは撮り続けるのではなかろうか。少なくとも90過ぎて「まだ先がありそう」と思わせる現役の映画監督兼俳優なんて、イーストウッドくらいだろう。

 

(2022年1月18日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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