第20回『にっぽん昆虫記』

女たちの挽歌

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『にっぽん昆虫記』
1963年:日本
監督:今村昌平


 実在する女性の身の上話をもとに、徹底した実地調査を行ってシナリオを練り上げ、それをオールロケ撮影で映画化した今村昌平渾身の一作。

 「人に歴史あり」とはよく言ったものだが、本作は、大正から昭和にかけての激動の時代を背景に、血と汗と欲望にまみれた一人の女の半生を、徹底的なリアリズムで描き上げる。

 東北の寒村に生まれ育った主人公とめ(左 幸子)は、生まれてこの方、母や親戚たちとの折り合いが悪く、生家であるにもかかわらず肩身の狭い思いをして暮らしていた。そんな彼女の肩を持つ唯一の存在である父の忠次とは、幼い頃から近親相姦めいた親子関係を持っている(とめの母えんは誰とでも肉体関係を結ぶ女であったので、実はとめの本当の父親が誰なのかは分からない)。

 やがて口減らしのために地主の息子に「足入れ婚」させられたとめは、そこで娘の信子を出産する。その後実家へ戻されたとめは、勤め先の工場の係長と男女の仲になるが、結局は妻子あるその男に捨てられてしまい、娘を実家に預けたままひとり上京する。

 米兵の愛人(オンリーさん)である女のハウスメイドとして働き始めたとめは、米兵との間にできた女の娘を不注意から死なせてしまう。その後、心の救いを求めて入信した怪しい新興宗教の会で知り合った女の計らいで、その女が経営する旅館の下働きとして働くことに。しかしその旅館というのが実は非合法の売春宿であった。そして案の定、とめも売春婦として働くことに。

 こうして、寒村で慎ましく生きてきた純でいたいけなかつての少女は、東京で売春婦としての生活を送る中で、次第に強欲でしたたかな女へと変貌してゆく。

 嫌な思いばかりさせられた旅館の女将を警察に売ったとめは、今度は自分が売春斡旋を取り仕切るようになり、パトロン兼愛人の唐沢との情交を重ねながら、かつて自分が散々嫌な思いをさせられた旅館の女将同様の女主人ぶりを発揮するようになる。そうなれば当然、とめに使われている売春婦たちの不満は募り、敵が多くなるのは必定というもの。

 とめに散々非人間的な扱いを受けた若い売春婦によって、とめはかつて自分がそうしたように警察に売られてしまう。こうして、因果な盛者必衰の歴史は繰り返されるのだ。

 そして悪いことは続くもので、とめのパトロン兼愛人であった唐沢が、今度はとめの娘である信子のパトロンとして彼女の肉体を貪り始める。

 信子は若い恋人との夢である農地開拓のためにどうしても20万円が必要であったのだが、母とめにその借金を断られたため、母の愛人である唐沢にそれを求めたのである。貧困生活の中でも無垢に育った健康な信子だが、やはり蛙の子は蛙ということだろうか。

 信子をずっと自分の手元に置いておきたい唐沢は、信子にアクセサリー・ショップを持たせ、東京で愛人生活を送らせようとするが、信子はまんまと金をせしめ、唐沢の元から去ってしまう。

 騙されたにもかかわらず、信子の若い肉体が忘れられない唐沢は、とめに信子を自分の元へ戻るよう説得してくれと泣きつく。惚れた弱みにつけ込まれたとめは、自分のかつての愛人のために娘を連れ戻すべく、信子が農地開拓に勤しむ山奥へ赴くのだった。

 うだるような暑さの中、すっかり都会慣れしたとめが、下駄履きで不慣れな山道をフラフラと歩いてゆくところでこの映画は幕を閉じる。このラストシーンのとめの姿はまるで、映画の冒頭でジリジリと焼けついた砂の上をノロノロと這う昆虫の姿そのものである。

 かように、終始徹底したリアリズムで描かれる因果な女の半生であるが、所々実験的なストップ・モーションなどを用いており、さらには左 幸子による東北言葉の川柳のようなものが唐突に挿入されたりもするので、それがまた絶妙なユーモラスさをこの作品に与えている。

 どこまでも仮借ない、生き馬の目を抜くような渡世の惨状を描きながら、同時にどこか、素っ頓狂な悲喜劇としての妙味も持ち合わせているのである。このあたりが「重喜劇」と呼ばれる今村作品独自のバランス感覚なのだろう。

 そしてまた、主演の左 幸子をはじめとする役者陣の活躍が本当に素晴らしい。今村作品ではお馴染みの長門裕之や春川ますみ、そして小沢昭一や殿山泰司といった名バイプレーヤーたちもみな輝いている。ここらへんのクセのある役者の使い方が今村昌平はとにかく上手い。どんな役者も見事に底辺で生きる人間に定着させてしまう腕前は見事としか言いようがない。

 世に「完璧な映画」というものが存在するなら、この『にっぽん昆虫記』こそまさにその「完璧な映画」あるいは「完璧な人間ドラマ」ではないかと私は思っている。

 

(2011年6月26日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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