第199回『全身犯罪者』

哀愁の殺戮大走査線

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『全身犯罪者』
2020年:日本
監督:松野友喜人


 本作は日芸映画学科の卒業制作の1本として作られた、約20分ほどの短編である。学生が撮った短編映画となると、一般的な興行の場では、よほど専門的な特集上映やマニアックな映画祭でもない限り、滅多に見る機会がない。本作は一部の映画祭などで話題になっていたのをネット上で知り、ずっと気になっていたのだが、先日(2021年12月19日)、お台場のシネコンで数本の自主映画作品を上映する『シネコンジャック』という特集上映の中の1本として見る機会を得た。

 まず結論から言うと、メチャクチャ面白い。本作の存在を知って気になってからは予告編も何度も見ていたが、あまり本編を見る前から期待値を上げ過ぎるのもいかがなものだろうか……などと考えてしまったものの、結果それは全くの杞憂というものであった。

 残忍な連続殺人鬼を追う刑事がタイムスリップをして過去の有名な凶悪犯たちを呼び集め、犯人逮捕への協力を要請する……という、『七人の侍』(1954年)×『羊たちの沈黙』(1991年)×『タイムコップ』(1994年)みたいな話だが、どうしてわざわざタイムスリップをして過去の凶悪犯たちに協力を求めるのか? ということについては一切説明されず、荒唐無稽のパワープレイで、血と狂気とブラックな笑いに満ちた約20分を一気呵成に突っ走る。

 論理的な整合性はほとんど成り立たない荒唐無稽さであるが(もちろん意識的にそれをやっているわけだが)、一つひとつのカットの構図やカメラワークは丁寧で美しく、また、自主映画ではとかく安っぽく見えてしまいがちな衣装や小道具、そしてCG/VFXなどの映像処理の作り込みもやはり丁寧で、こういったきめ細かい丁寧さが作品全体の質を底上げしている。

 本作で松野友喜人監督は脚本、編集、美術、CG/VFX、小道具、エンディング・テーマ等も兼任しているが、特に自主映画の監督ではこういった多才なタイプは少なくない。ここまでは「才能のある器用な若手監督」と紹介すれば事足りるであろうが、しかし松野監督の才能が狂気的とすら思えてくるのは、本作の登場人物11人を全て松野監督自身が1人で演じているという点だ。

 主人公の刑事、事件現場の鑑識官、複数の凶悪犯たち、謎の中華屋店主、果ては殺人鬼の餌食となる女子高校生や冷蔵庫の中の惨殺死体に至るまで、全ての役を松野監督が演じている。これはコロナ禍の影響により、撮影スタッフやキャストの人数を最小限に抑えなければいけなかったことが原因のようだが、しかしそうは言っても、こんな大胆な奇策はなかなか実行出来るものではない。

 私も人並み以上には映画を見てきている人間だと思うが、しかし監督自身が登場人物全員を演じている映画なんて見たことがない。そういう意味でも非常に狂った映画と言えるのだが、これまた見事に松野監督はこの11人のキャラを演じ分けている。コントっぽいギャグ路線になってしまいそうなギリギリのラインではあるのだが、そこはあくまでユルいギャグにはせず、基本ラインはきっちりシリアスで通しつつ、かなりどぎついブラックな笑いを血みどろの暴力の中で展開していく。

 かつて小林勇貴監督の『ヘドローバ』(2017年)や阪元裕吾監督の『ハングマンズ・ノット』(2017年)に感じた新鮮な荒唐無稽さを、本作『全身犯罪者』にも強く感じる。

 しかしこのどこまでも荒唐無稽に突っ走る狂った映画でありながら、同時にどこか哀愁のようなものまで覚えさせるのがこれまた本作の不思議な風合いで、特に松野監督自身がアコースティク・ギターで奏でるエンディング・テーマがこのサウダージな感覚を顕著に表していると思うが、本編中にも同様に、単にアッパーな狂気性だけではない独特の哀愁を感じるのである。主人公の刑事と凶悪犯たちの淡々とした掛け合いの中に、何とも言えぬハードボイルドなペーソスが匂い立つのだ。松野監督は映画作品の他に落語や漫才からも影響を受けているとのことなので、もしかしたらそういった落語的な掛け合いの延長線上に、先述したような独特の哀愁が表れてくるのかもしれない。

 劇中では主人公の刑事に召喚される凶悪犯たちの背景については詳しく言及されないが(名前も呼ばれることがない)、各々の実在のモデルはハッキリしている。「津山三十人殺し」の都井睦雄、「三億円事件」の犯人(事件未解決)、「パリ人肉事件」の佐川一政、「オウム真理教事件」の麻原彰晃(本名・松本智津夫)、「和歌山毒物カレー事件」の林 眞須美だ。

 いずれのキャラも出オチ的なブラック・コメディー要員とも言えるが、これらのキャラをたった1人で演じ分ける松野監督の芸達者ぶりと、その毒の効き過ぎたシニカルな演出に見事に打ちのめされた(あまりに毒を効かせ過ぎたからか、大学内では芸術学部長賞という賞を受賞したにもかかわらず、予告編のみが上映され、本編は上映禁止の憂き目に遭ったそうだ)。

 本作において個人的に最も良いなと思ったのは、メシを食うシーンと殺人のシーンをとにかく「汚く」演出しているところ。つまりこれはメシを食うのも人を殺すのもイコールの行為として描いているのではないかと思われるのだが、この2つの要素を繋ぐのが「パリ人肉事件」の犯人をモデルにしたであろう食人鬼キャラだ(召喚された凶悪犯全員でメシを食おうと提案するのもこのキャラである)。この点で感心するのは、「汚く」演出するシーンほどきれいに丁寧に撮っていることで、『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』(2019年)などもそうだが、雑な感性では絶対に撮れない「汚さ」というものが、犯罪映画やホラー映画の領域にはある。

 汚いものを汚く撮るのは記録であって演出とは言わないだろう。本来的に(現実の世界では)汚いはずのもの(あるいは残酷なはずのもの)を逆説的に美しく見せてしまうようなマジックが、つまり創作領域における演出の妙味と言えるのではなかろうか。

 今年(2021年)も新たな暴力映画の傑作を求めて何本もの新作を見て来たが、本作『全身犯罪者』は超変化球(というより打者の頭部を積極的に狙ってくる危険球)のダークホースとして、この年の瀬に見事にこちらの心臓を出刃でグサグサと突き刺してきた。私はこういう作品に出会いたいがために、日々コツコツと映画を見続けていると言っても過言ではないのである。

 

(2021年12月20日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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