第191回『キング・コング』(1933年)

純正娯楽(見世物)としての破壊的面白さ

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『キング・コング』
(King Kong)
1933年:アメリカ
監督:メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シュードサック


 キング・コングの映画作品は(『ゴジラ』シリーズに登場する場合などを除くと)、ジョン・ギラーミン監督版『キングコング』(1976年)、ピーター・ジャクソン監督版『キング・コング』(2005年)、ジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督版『キングコング:髑髏島の巨神』(2017年)などがあるが、1933年の本作『キング・コング』はその最初のオリジナル作品である。

 映画監督のデナム(ロバート・アームストロング)は密かに前人未踏の孤島「髑髏島」の情報を入手し、そこで秘境映画を撮ろうと画策。街で仕事にあぶれていた美女アン(フェイ・レイ)をスカウトし、彼女を今回の映画の主演として髑髏島を目指す。髑髏島でデナム一行は原住民たちが謎の怪獣「コング」に捧げる生贄の儀式を執り行っているところに遭遇し、そこでのいざこざから原住民たちがアンを連れ去り、コングへの生贄として捧げてしまう。

 謎の巨大猿、コングの生贄としてジャングルの奥深くへと消えたアンの救出に向かったデナム一行は、様々な危険を乗り越えてついにアンの救出に成功するが、カネに目がくらんだデナムはコングを生け捕りにし、ニューヨークへと持ち帰ってコングを見世物にした興行を打つ。大勢の観客の前で見世物にされたコングは興奮し、鎖を引きちぎって暴走。ニューヨークの街を破壊しながら、再び連れ去ったアンを片手にエンパイア・ステート・ビルの頂へと登り詰めてゆく……。

 世界恐慌を背景にした導入部や、取って付けたようなヒロインと船乗りの恋愛要素などもあるが、こういったドラマ・パートは手短に済ませ、全編に渡って活劇とスペクタクルで押しまくる。髑髏島での原住民の儀式、危険なジャングル探検とアンの救出作戦、コングによる原住民集落への凄惨な襲撃、そして舞台をニューヨークに移しての再びのコングの大暴れ。

 見せ場と山場を無駄なく詰め込み、巨大なセットや大人数のエキストラ、そして当時最先端の特殊撮影による大スペクタクルを堪能させてくれる。

 1933年の作品なので、当然、今の時代から見ればチープに思えるところもあるが、しかしながら、現代に通ずる娯楽映画としての基本フォーマットのようなものを、この時代で既に完成させていることに何より驚かされる(『暗黒街の顔役』(1932年)を見たときにも同じ驚きを覚えた)。

 タイトに切り詰められた起承転結の中に「美女と野獣」というキーワードを用いた伏線を配して(冒頭の引用文と中盤の船上での会話が、ラストの「美女に殺された」という台詞にきれいに繋がる)、作品のテーマやコングとヒロインの関係性などを端的に示し、会話シーンも全て物語を進行させるための無駄のないやり取りに絞って、あとは活劇とスペクタクルに全力で振り切る。

 まるで娯楽映画の教科書のようであり、今に続く娯楽映画としての基本フォーマットの、一つの完成された指標と言える。

 ドラマ部分やキャラ造形の希薄さは、意図してそうしたというよりも、当時の人権意識の低さのような事情もありきなのかもしれない。映画監督デナムの(ほとんどサイコパスのような)暴挙ぶりからすれば、現代であれば間違いなく悪役設定になり、劇中のどこかで何らかの裁きを受ける対象となりそうだし(それこそコングに踏み潰されるとか)、ヒロインであるアンの「お人形さん」的な扱いの軽薄さも現代ではまず描かれにくいキャラ造形と言えるだろう。言ってしまえば、本作の登場人物たちはストーリーを進展させるための「駒」でしかない。

 また、ドラマ部分で最も大きい後続作品との差異は、コングがあくまで「凶暴な野獣」という設定だ。後のジョン・ギラーミン版やピーター・ジャクソン版では、コングとヒロインの間に精神的な結び付き(ある種の恋愛劇)が生まれるし、ジョーダン・ヴォート=ロバーツ版『髑髏島の巨神』では、コングの「髑髏島の守り神」としての神聖な側面が強調されているが、本作、1933年版でのコングはあくまで脅威・恐怖の対象として描かれ、「獣が美女に惚れ込んだ(情欲を煽られた)ゆえに殺される羽目に陥る」という残酷悲劇としての見世物的要素が前面に押し出されている。

 ヒロインであるアンは完全に巻き込まれた被害者であって、当人に何ら過失はないのだが、しかし「その美貌が罪」という扱いで、凶暴な獣を翻弄し破滅へと導くファム・ファタールとして描かれている。現代にあっては、そういった部分での突っ込みどころや批判される面も少なくないと言えるが、しかし純正娯楽(もっと言えば見世物)としての面白さに関しては、ギラーミン版やジャクソン版では到底太刀打ち出来ないレベルの大傑作だと言える。

 ギラーミン版とジャクソン版は、話の筋や見せ場・山場の選択と置き所はほぼほぼ1933年版をそのまま踏襲しており、そこにプラスする形でドラマ・パート(特にコングとヒロインの恋愛要素)も長めに演出してゆくスタイルを採っているのだが、両作ともそのドラマ部分が鈍重さとなり、活劇やスペクタクル面での良さを殺してしまっている印象が強い。

 この点、『髑髏島の巨神』は、余分なドラマ・パートを削ぎ落し(特にコングとヒロインの恋愛要素を排除した点は大きい)、1933年版のストーリーの枠組をそのまま踏襲することもなく、舞台を髑髏島に特化した怪獣アクションに振り切ったのが巧かった。

 しかし面白いのは、1933年版から独立したようなオリジナリティーを確立してはいるが、コングに正義漢的な人間性と守り神としての神秘性を持たせた点を除いては、純粋な活劇・スペクタクルとしての面白さを追求したという点において、実質的に1933年版に近い作品と言えるかもしれない(ギラーミン版やジャクソン版で上乗せされた抒情的なドラマ性を剥ぎ取り、1933年版のような活劇とスペクタクルで押すスタイルに立ち返った、という見方も出来る)。

 1933年版『キング・コング』において、個人的に特に気に入った点は、「怪獣が無残に(無作為に)人を喰い殺したり踏み潰したりする」描写をかなりストレートに表現しているところだ。

 古今の怪獣映画を見る度に不満に思っていたこの点(直接的な人的被害の描き方の足りなさ)を、まさか古典的な本作が過不足なく満たしてくれているとは思わなかった(公開後にハリウッドが「ヘイズ・コード」の時代に入り、これらの残酷シーンはカットされてしまったそうだが、後に復元され、現在は公開時と同じ約100分の尺の状態での鑑賞が可能となったようである)。

 勿体ないのは、髑髏島で谷底に落ちた人間たちが巨大昆虫の群れに喰い殺されるシーンも撮っていたそうで、それは映画会社側の判断で公開前にカットされてしまい、今はもうそのシーンのフィルムは残っていないとのこと(公開前の試写で「残酷過ぎる」とのクレームが多かったようだ)。この巨大昆虫襲撃シーンは、後にピーター・ジャクソン版(2005年)の劇中で描かれている。


 



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『キングコング』(King Kong)
1976年:アメリカ
監督:ジョン・ギラーミン


 『タワーリング・インフェルノ』(1974年)のジョン・ギラーミンによるリメイク版。時代背景やキャラ設定などは(1976年当時の)現代的な設定に変更されているが、話の流れや見せ場・山場などはほぼ1933年版のオリジナルをそのまま踏襲している。

 最も大きな特徴は、1933年版で「凶暴な野獣」として描かれていたコングが、本作ではヒロインと心を通わせる存在となっており、ある種の疑似的な恋愛映画のように描かれている点。

 同じくギラーミン監督による続編『キングコング2』(1986年)も撮られているが、こちらは雌のコングも登場し、コング2頭による恋愛劇のようになっている。残酷描写もいくつかあるものの、ノホホンとしたファミリー向け映画の印象が強い。

 



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『キング・コング』(King Kong)
2005年:ニュージーランド、アメリカ
監督:ピーター・ジャクソン


 ピーター・ジャクソンによる2度目のリメイク作だが、こちらはギラーミン版と違い、1933年版の時代背景やキャラ設定などに即した形となっている。

 そこにプラスとして、1933年版では全然掘り下げられていなかったドラマ・パートとキャラ造形をより深く掘り下げ、コングとヒロインの恋愛要素をギラーミン版以上に抒情的に描いているが、このドラマ・パートに特別な面白さがあるとは思えず、むしろ良く出来ている活劇面・スペクタクル面を殺してしまう負の要素になってしまっている印象が強い。

 本作で特に注目したいのは、1933年版で撮影されていたものの公開前にカットされてしまった(そのシーンのフィルムは残っていないとされる)「髑髏島の谷底で人間たちが巨大昆虫の群れに襲撃される」幻のシーンを独自に復活させている点。CGを駆使した迫力ある襲撃シーンになっており、1933年版の無念を晴らすような名シーンだ。

 



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『キングコング:髑髏島の巨神』(Kong:Skull Island)
2017年:アメリカ
監督:ジョーダン・ヴォート=ロバーツ


 『ゴジラ』(2014年)、『ゴジラ/キング・オブ・モンスターズ』(2019年)、『ゴジラvsコング』(2021年)と連なる「モンスター・ヴァース」シリーズの中の1作として作られたもの。

 ジョン・ギラーミン版やピーター・ジャクソン版と違い、1933年版を踏襲せず、髑髏島をメインとした怪獣アクションに振り切った作品。

 ドラマ・パートを極力手短に抑え、活劇とスペクタクルに振り切ったという点においては、ある意味、ギラーミン版やジャクソン版よりも1933年版に近い娯楽性を持った作品と言えるかもしれない。今のところ、『キング・コング』のリメイク作の中ではいちばん面白いと思っている。

 


 

(2021年10月19日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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