第180回『クリスティーン』

真っ赤な妖婦

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『クリスティーン』
(Christine)
1983年:アメリカ
監督:ジョン・カーペンター


 正直、見る前はほとんど期待していなかった。一台の車が意志あるいは情念のようなものを持って人を襲う、という内容で、例えば『激突!』(1971年)のような面白い作品に仕上がるのか? いやいや、いくらジョン・カーペンターとはいえ、そう簡単な話ではないだろう。まぁ、とりあえず見てみよう。その程度の感覚でぼんやり見始めたのだが、これがめっぽう面白い作品で驚いた。

 さえない男子高校生アーニーが路地裏で売りに出されていた20年以上前のオンボロ車に一目惚れし、友人が止めるのも無視してこれを購入。アーニーは何かに憑かれたように毎晩この車の修復作業に没頭し、唯一無二の愛車としてあちこち乗り回すようになるが、以前の持ち主に「クリスティーン」と名付けられたこの車は色々といわくつきで、次第にアーニーの周囲の人間がクリスティーンに襲われ始め、アーニー自身もどんどんクリスティーンに取り憑かれ狂っていく……。

 情念を持った車が持ち主に取り憑き、周囲の人間を次々と襲い始める。たったそれだけの話なのだが、カーペンター監督はこれを『ハロウィン』(1978年)や『ザ・フォッグ』(1980年)同様、クラシカルな趣を持ったある種の「怪談」「奇譚」として美しくそして妖しく撮り上げた。

 屋敷それ自体が意志や情念を持って人を誘い、取り殺そうとする恐怖を描いた、ロバート・ワイズ監督の『たたり』(1963年)という傑作があるが、『クリスティーン』は『たたり』における「屋敷」を「車」に置き換えたバージョンの傑作と言ってもいいだろう。

 また、一台の車をファムファタール的な妖婦に見立てた(妖婦が男を誘惑し破滅させていく)フィルム・ノワール作品と言うことも出来る。

 先述したとおり、カーペンター監督は、特に『ハロウィン』『ザ・フォッグ』においては、残酷さやショッキングさを追求した血みどろホラーというよりも、どこかクラシカルな「怪談」「奇譚」としての美しさや妖しさを有した古いタイプの恐怖映画を、70年代末期~80年代初頭の時代性に合わせて再構築している印象が強く、『クリスティーン』もまたその系譜に連なる作品と言える。

 妖婦クリスティーンがウブな少年の魂を吸い尽くしながら、周囲の人間たちを次々とその毒牙にかけていく様は、恐ろしさと同時に妖しい美しさにも満ちている。どれだけその身を打ち砕かれ、焼かれようとも、少年の魂を吸って美しく蘇る妖婦クリスティーンのなまめかしいエロティシズムに、見ているこちらも幻惑される。車に女性名詞が使われる風土ならではの大胆な表現だ。

 本作の「怪談」「奇譚」としての奥ゆかしさを保った点として良かったのは、一台の車が妖婦的情念をどのようにして持つに至ったか、という点を具体的に説明しなかったところだ。

 この一台の車が生産される時点で、既に工場の人間が謎の死を遂げている。そしてこの車を買い、「クリスティーン」と名付けた持ち主やその家族も、この妖婦に呪い殺された。月日は流れ、ひっそりと息を潜め、次なる獲物を狙っていたこの妖婦の前に現れた一人のウブな少年が、今度は地獄の底まで堕ちて行くこととなる……。

 ここで例えば『チャイルド・プレイ』(1988年)のように、一体の人形が意志や情念を持った呪いの人形となる過程(理由)をしっかり見せていたとしたら、『クリスティーン』という映画の妖しい美しさは醸し出せなかっただろう。

 この点の「あえて説明しない」絶妙さは原作由来のものなのか、あるいは脚色としての巧さなのか、もしくはカーペンター監督による匙加減なのか、はたまた全くの偶然や脚本的な詰めの甘さがかえって怪我の功名となったのかは分からぬが、クリスティーンという妖婦の「出生の秘密」を明確に語らぬ選択が、本作の「怪談」「怪奇」映画としての質を底上げしたのは確かだ。

 そんな本作において私が特に魅了されるのは、1950年代末期に製造されたクリスティーンが、おそらくその当時(1950年代末期~60年代頃)に流行っていたであろうロックやR&Bばかりをカーステレオから流すところ。このカーステレオが勝手に鳴り始めるのがクリスティーンの意志や情念が噴き出す不吉な合図となり、餌食である人間たちは、美しいオールディーズ・ナンバーを聴きながら殺されることになる。なんと残酷で、なんとロマンティックな表現であろうか。

 「こんな美しい妖婦になら自分も取り憑かれ、地獄の底まで堕ちてみたい」……本作『クリスティーン』は、そんなことを思わされる妖しい美しさに満ちた危険な恋愛映画なのだ。

 

(2021年2月19日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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