第179回『エグゼクティブ・デシジョン』

絶体絶命! セガール拳なし! 高度1万メートルのエクストリームな頭脳戦

img_20231228-142523.jpg
『エグゼクティブ・デシジョン』
(Executive Decision)
1996年:アメリカ
監督:スチュアート・ベアード


 大味でド派手な爆破シーンの連続みたいなアクション大作が全盛であった1990年代後半のハリウッドにおいて、よくぞこの内容で面白い作品を作り上げたと、ただただ感心させられる一本。大まかなプロットはごくありがちな内容で、狂信的テロリストが毒ガス兵器を持って旅客機を乗っ取り、そこにアメリカ軍の特殊部隊が最新鋭のステルス機から空中ドッキングで潜入、テロリストに立ち向かう……というもの。90年代のハリウッド・アクション大作としては特に目新しさはない。

 そしてメインキャストがカート・ラッセルとスティーヴン・セガール。これはもう狭い機内でセガール拳炸裂のシンプルな爽快アクションに違いない。90年代ハリウッドのアクション映画に慣れ親しんでいる者なら、誰だってそう思うだろう。

 ……ところが、本作はそんな我々の考えをバッサリ断ち切ってくる。

 なんとセガールは実は客寄せ的なカメオ出演で、序盤で早々に退場となる。当時レンタルビデオで見ていた中学生の私は唖然とするしかなかったが、では本作がセガール詐欺の駄作かというとそんなことは全くない。セガールを早々に物語から退場させるのは、「これは大味でド派手なハリウッド・アクション大作とは一線を画す映画ですよ」という作り手側の意思表明なのだ。

 結論から言ってしまうと、本作は『さらばベルリンの灯』(1966年)、『ジャガーノート』(1974年)、『サブウェイ・パニック』(1974年)、『ブラック・サンデー』(1977年)といった渋い渋いアクション映画の傑作群に連なる作品である。つまり、派手なドンパチや大爆破を見せ場としたマッチョなヒーロー・アクションとは一線を画した、己の頭脳や技術をフルに活かして危機に立ち向かう、職人気質のプロフェッショナルの活躍を描いたアクション映画なのである。

 本作の主人公は、セガール演じる特殊部隊の隊長ではなく、カート・ラッセル演じるテロ対策の分析が専門の非戦闘員デイヴィッドだ。ある非常事態によってセガールが早々に退場、残されたデイヴィッドともう一人の非戦闘員(こちらも専門的な技術者)ケイヒル、そしてわずか数名の特殊部位隊員だけがハイジャックされた旅客機に潜入することに成功する。

 しかも毒ガス兵器が仕掛けられた爆弾の処理を行うエキスパートの隊員は、潜入時の事故で脊髄を損傷し絶対安静の状態となる(ここらへんのピンチ状況の作り方も、地味な密室劇をよりスリリングにさせるための巧い仕掛けだ)。

 序盤~中盤までは、デイヴィッドによる状況分析と作戦の立て直し(数名の特殊部隊員たちによる機内の制圧をどう行うか)と、毒ガス兵器が仕掛けられた爆弾の処理を平行して進めていく。これが地味ではあるのだが、旅客機というおよそアクションには向かぬ狭い舞台を巧みに利用した、非常にスリリングな密室劇になっている。

 例えば、狭い機内の床下や天井裏をテロリストたちにバレないように移動する、というたったそれだけのシーンでも、ヒリヒリとした緊張感を生み出すよう巧みに演出されている。

 特に爆弾処理のくだりは先述した『ジャガーノート』をかなり意識したような作りで、脊髄を損傷して動けない爆弾処理専門の隊員の助言を得ながら、技術者のケイヒルが生まれて初めての爆弾処理に挑む……という絶妙な状況設定により、本作のスリリングさを底上げしている。

 そして、地味ではあるがスリリングな密室劇として物語を引っ張ってゆく序盤・中盤を経て、終盤は爆弾処理の佳境、特殊部隊員たちによる客室への突入(テロリストたちとの戦闘)、旅客機の緊急着陸……というハリウッド大作らしい見せ場できっちり盛り上げる。

 ド派手な演出や超有名なスター俳優に頼らずとも、しっかりと練られた脚本と堅実な職人的演出、そして無駄のない編集によって映画はここまで面白く出来るのだ、ということを見事に見せ付けた傑作と言える。監督のスチュアート・ベアードはもともと編集マンらしく、どうやら監督作は本作含め三本程しかないようだが、本作の無駄のないタイトな作り込みの巧さは、編集マン視点ゆえのものかもしれない。内容が地味で、なかなかハリウッド大作としての枠組みでは出て来ない作品だが、これを90年代後半のハリウッドのアクション作品として作り上げたのはかなりの偉業だろう。

 

(2021年2月14日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数