第173回『透明人間』(2020年)

見えない恐怖には明確な殺意で立ち向かえ!!

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『透明人間』
(The Invisible Man)
2020年:アメリカ、オーストラリア
監督:リー・ワネル


 この2020年に「透明人間」という非常に厄介なネタをどう料理するのか? 今さらこの素材で面白い映画なんて作れるのか? という無謀とも思えるチャレンジ企画だが、リー・ワネル監督は見事にやってのけた。予告編を見た時点では特に興味は惹かれなかったのだが、評判がずいぶん良かったので、とりあえずという感じで見てみたら、これが良質な仕上がりの傑作スリラーで驚いた。

 近しい人間の全てを支配しようとするソシオパスのDV男、エイドリアン。彼の狂気的な支配欲に身の危険を感じた恋人のセシリアは、妹の助力を得て、彼の元から逃げ出すことに成功する。新しい生活を手に入れ、どうにかエイドリアンという存在を忘れようと努めるセシリアだったが、彼によって植え付けられた恐怖をなかなか克服することが出来ない。

 そんな折、エイドリアンが自殺したとの報せが入る。

 周囲の人々は「これでセシリアも安心して暮らせるだろう」と胸を撫で下ろすが、セシリアは「あの男が自殺なんかするはずがない」と言い張る。そしてセシリアの周囲で不可解な出来事が起こり始め、彼女は「エイドリアンは死んでなんかいない」「光学研究の天才だった彼は、何かしら透明になる技術を完成させて、私を追い詰めようとしているに違いない」と確信する。

 しかしそんな彼女の考えは周囲の人々には信じてもらえない。彼女の言動は異常なものとして捉えられ、次第に周囲から孤立していく中で、彼女の予想が最悪の形となって現れ始める……。

 「透明人間」という今や古典的過ぎてギャグになってしまいかねないネタを、現代的なネタとしてどうアップデートするのか? というところで、DVやストーカーの被害者が抱える「見えない恐怖」をそこに重ねたのがまず巧かった。

 夫婦や恋人どうしといった狭い関係性の中で植えつけられ、トラウマ化した恐怖の大きさが、その被害者当人にしか分からず、周囲の人たちからなかなか思うような理解を得られないというもどかしさが、主人公セシリアの絶望的な状況を通してひしひしと伝わってくる。

 かなり親身になって助けてくれる人たちに恵まれているのに、それでもセシリアの絶望的な状況(本当の危機)を理解してもらえなかったり、完全な助力は得られなかったり……という、むしろ「周りは敵ばかり」という状況以上に恐ろしく、そしてその親身になって助けてくれる人たちからセシリアがどんどん孤立させられ、追い詰められていくストレスフルな展開は生き地獄そのものだ。

 サイコパスやソシオパスの人間が他者を支配する際、まず何より先に被害者をその身近な人たちから孤立させる(被害者を悪者にして身近な人たちから嫌われるように仕向けていく)というやり口は、北九州連続監禁殺人事件を扱った『消された一家』(豊田正義・著)と、尼崎連続変死事件を扱った『家族喰い』(小野一光・著)という2冊の犯罪ルポで詳しく読むことが出来るが、本作『透明人間』の序盤から中盤にかけては、まさにこの状況に主人公が地獄の底まで追い詰められる。

 序盤から中盤にかけて、とことんまでストレスフルな胸クソ展開の転落劇を経て、主人公セシリアがもうこれ以上はないという絶望的などん底に這いつくばったとき、彼女の中で絶望と恐怖が自分を貶めた相手への明確な殺意へと変わる。

 そして物語はここからハードな逆襲劇へと転じ、しかしそのままスカッと終わることはなく、最後の最後でもう一歩踏み込んだ重厚なノワール復讐劇へと変貌する。

 今の時代に映画化するには色物扱いになってしまいそうな「透明人間」というネタを、シリアスかつハードなスリラー映画に仕上げてみせたワネル監督の手腕は見事と言うしかない。

 また、暴力映画という観点から見ても実に素晴らしく、DVやストーカーという「関係性の暴力」と、そこから派生する「精神的暴力」の恐ろしさを丁寧に突き詰めながら、要所要所での突発的な「肉体的暴力」の演出もシンプルながら強烈な恐ろしさがあり、見る者の脳髄にこびりつくような「厭さ」にも満ちている。

 DV、パワハラ、セクハラ、モラハラ問題(その状況に置かれる被害者の心境)を一つの「恐怖」として織り込んだ斬新なスリラー映画というだけでなく、骨太な逆襲譚・復讐譚(ある種のレイプ・リベンジものとも言える)としてのヘヴィな娯楽性もしっかり際立たせており、古典的な題材の骨組に最良の肉付けと味付けが為された、早くも2020年代を代表する傑作の一つと言えるだろう。

 

(2020年7月19日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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