第168回『雷魚』(1997年)

体温のない風景、体温のないセックス、体温のない殺人

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『雷魚』
1997年:日本
監督:瀬々敬久


 荒涼とした郊外の風景が全編を重たく覆い、それがそのまま登場人物たちの荒涼とした心象風景と重なり、その風景の中で行われる体温のないセックスと体温のない殺人を淡々と(同時にどこまでも重苦しく)描いた、破滅的な人間ドラマの傑作。

 冒頭、入院中の病院を抜け出し、愛人に会いに行こうとする主人公・紀子。どうやら夫との仲も冷め切っており、持病で入退院を繰り返している間に愛人からも距離を置かれるようになったらしい。「寂しいから会ってほしい」としつこく電話をかけるが、明らかに男の方から煙たがられている。愛人に会いに行こうとする彼女のバッグの中に、果物ナイフが入っているのがチラと見える。揺れ動く愛憎の中で、彼女が愛人に対する殺意を持っているのは明らかだ。

 結局、愛人と会えなかった紀子は、心の隙間を埋めるように、テレクラで出会った男とその場限りの空虚な肉体関係を持つ。

 男はさっさと愛のないセックスを終わらせると、2万円を紀子に渡す。虚ろな表情でその2枚の紙幣を眺める紀子。そして彼女はシャワーを浴びている男を果物ナイフで刺し、まだ息のある男の首をシャワーホースで絞め上げて殺害する。衝動的ではあるが、まるで情感のない殺人だ。

 紀子は容疑者として警察の事情聴取を受けるが、ガソリンスタンドの店員・和昭が嘘の証言をして紀子をかばったことで事なきを得る。和昭が紀子をかばったのは、彼女の口から「人を殺す気持ちがどんなものか」を訊きたかったからだ。

 和昭は過去に、浮気相手の女に二度も中絶を強いたことから、その女に本妻との間に出来た赤ん坊を焼き殺された。だから「人を殺す気持ち」を訊いてみたいのだと言う。

 実は紀子も初めて好きになった男に中絶を強いられた過去があり、その男を殺そうと思ったが、なぜか行きずりで肉体関係を持った全然関係のない別の男を殺してしまった、ということを和昭に打ち明ける。過去の殺人も今回の殺人も、全く同じパターンで紀子は見知らぬ男を殺していたのだ(彼女は典型的な「本当に殺したい相手を殺せない殺人鬼」と言える)。そして紀子は、和昭ともまた同じように体温のない肉体関係を持ち、冷たい破滅へと向かって、ただ無感動に堕ちて行く……。

 劇中、雷魚は「寄生虫が多くて食べられないから、どの店も買ってくれない魚」、つまり何の役にも立たない、誰からも必要とされていない魚として描かれるが、紀子や和昭、そしてその周辺の登場人物たちもまた、誰からも必要とされていない虚無的な存在として描かれている。紀子が愛人の男に電話でしつこく「会いたい」と迫ったり、和昭を抱きしめて「暖かい。お母さんみたい」とつぶやく姿は、誰にも必要とされていない孤独な人間が救いを求めているようで切ない。

 ふと見かけた少女に優しく微笑みかけ、おそらくまだ幸せだった自分の幼少期を思い出したのか、美容院で自分の子供時代の写真を取り出し、その頃のように髪を短く切ってもらう紀子の姿には、まだ完全には心が死に切っていない人間味が感じられ、それがまた一層切なく思えてしまう。

 「普通の幸せ」からこぼれ落ちた人間たちが、荒涼とした郊外の風景の中で人知れず破滅していく、という何とも救いのない作品であるが、ラスト、和昭と知的障害を持つ節子(彼女もまた「普通の幸せ」からこぼれ落ちたような存在だ)が二人で郊外を抜け出し、都会の雑踏の中に消えて行く様子は、行き場のない彼らがどうにか逃げ延びる先を見つけたようにも思え、その点では本作における唯一の救い(の可能性)らしきものが示されていると言えるかもしれない。

 

(2020年6月7日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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