第159回『死霊のえじき』

ハードコア・ゾンビ映画の頂点

img_20231228-134422.jpg
『死霊のえじき』
(Day of the Dead)
1985年:アメリカ
監督:ジョージ・A・ロメロ


 ジョージ・A・ロメロによるゾンビ三部作は、もはや映画史における「発明」と言える。後に世界中で無数のエピゴーネンが作られることになるモダン・ゾンビ映画の完全なる雛型を生み出した『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)、そしてその世界観をさらに拡張させたアクション・ホラー大作として、モダン・ゾンビ映画の金字塔となった『ゾンビ』(1978年)、この二作で追求してきたモダン・ゾンビの世界を徹底的にハードコアに突き詰めたのが本作『死霊のえじき』だ。

 元々のオリジナル脚本では大規模なゾンビ戦争を描く大作が予定されていたが、結局それに見合う予算を得ることが出来なかったため、地下施設での密室劇をメインにした局所的な規模の話に縮小された。しかしその分、『ナイト~』や『ゾンビ』以上に作品のハードコアさ残酷さがタイトに凝縮され、そういう意味での「濃さ」に関しては数あるロメロ作品の中で本作は断トツと言える。

 冒頭の市街地でゾンビが群がるシーンは、ほんの短いシーンではあるが、元々の脚本の規模の大きさを思わせるスケール感があり、地下施設での密室劇がメインの本作に奥行きや拡がりを持たせる重要なシーンだ。今やゾンビ感染は世界的規模に拡大しており、生き残った人間はごくわずかしかいない……という現状を、短い時間の中で視覚的にシンプルに伝えることに成功している。

 人里離れた地下施設(元は政府の資料や映画フィルムなどを保管しておくための巨大地下倉庫)で、ゾンビ感染への打開策を研究する科学者数名と軍人数名が本作のメインキャラクターたちだ。冒頭の市街地のシーンとラストの孤島のシーン以外は全てこの地下施設での密室劇となる。

 ゾンビの数が無数に増え続ける終末世界で、どうにか生き延びている少数の人間が逃げ込んだ先での密室劇……という流れは『ナイト~』や『ゾンビ』とほとんど同じだが、その二作以上にソンビ・パンデミックが悪化している状況下で、有効な打開策も見つからないまま日々消耗し続けている(しかも陽の当たらぬ陰鬱な地下施設で長いこと暮らしている)人間たちのドラマなので、登場人物たちの間でのギスギス、ドロドロ具合は最初から最悪の状態で、科学者サイドと軍人サイドの間でいつ殺し合いに発展してもおかしくないピリピリとした緊張状態が続く。ロメロ特有のユーモア描写もあるが、人間どうしの内ゲバ感は『ナイト~』のそれを遥かに上回る厭さと恐さだ。

 このドロドロ、ギスギスした人間どうしの罵り合いのドラマが続く中で、トム・サヴィーニによる圧倒的な技術のスプラッター描写がスクリーンを真っ赤に染め上げる。数あるサヴィーニのスプラッター特殊造形仕事の中でも、本作の凄まじさはトップクラスの仕上がりではなかろうか。

 『死霊のえじき』において、『ナイト~』『ゾンビ』とは明らかに違った特色があるとすれば、ゾンビを人間の思うようにコントロールするための研究に没頭するマッド・サイエンティスト、ローガン博士と、彼に教育され、最終的には彼への「愛情」「愛着」のようなものまで示すに至る、意思を持ったゾンビ、バブを登場させたことだろう。ローガン博士とバブが繰り広げるドラマには、他の登場人物たちのドラマ以上に本作を印象的な作品にするインパクトと魅力がある(バブが仇討ちを決行するシーンは熱いハードボイルドの趣さえある)。

 先述したように、ロメロ監督が当初想い描いていたものとは明らかに違った作品になったわけだが、しかしそんな裏事情を補って余りある非常に濃厚な傑作に仕上がっており、『ナイト~』や『ゾンビ』で追求したモダン・ゾンビ映画の世界観をさらに進化させ、また同時に、その二作とは全く違う魅力を持った、よりハードコアに突き詰めた(ロメロ作品の中で最もハードコアな)一本として、本作が今後も映画史にその名を残してゆくだろうことは間違いない。

 

(2019年11月27日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数