第155回『キング・オブ・コメディ』

狂人は喜劇王の夢を見るか?

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『キング・オブ・コメディ』
(The King of Comedy)
1982年:アメリカ
監督:マーティン・スコセッシ


 狂気というものを軸にして、『タクシードライバー』(1977年)の主人公トラヴィス・ビックルを「陰」「鬱」のネガティブ側とすると、本作『キング・オブ・コメディ』の主人公ルパート・パプキンは完全なる「陽」「躁」のポジティブ側だ。両作とも監督マーティン・スコセッシ、主演ロバート・デ・ニーロであるが、この名コンビによる好対照な狂人映画の傑作2本と言える。

 トラヴィスもパプキンも行動力のある(あり過ぎる)非社会性・反社会性の顕著なルサンチマンだが、何かとネガティブに塞ぎ込むタイプのトラヴィスに対して、パプキンの方は常に恐いくらいにポジティブで、少しもめげずに前進(というか猪突猛進)し続ける。

 パプキンは人気コメディアンのジェリー・ラングフォード(ジェリー・ルイス)を崇拝し、自分も彼のような喜劇王になりたいと夢見ている。とはいえ、コメディアンを目指して何か具体的な活動や努力をしているわけでもなく、毎日愚にも付かぬ妄想に耽りながら、いつか華々しいステージに立って有名になることを夢見ているだけの、人生をこじらせた34歳のオタク中年に過ぎない。

 ある日、パプキンはその持ち前の行動力を活かしてラングフォードに直談判し、どうにか自分にチャンスを与えてくれないかと自身を売り込む。ラングフォードは「面倒なファン」くらいにしか思わず、表面的な社交辞令と「誰でもまず下積みから始めないといけない」というような当たり障りのないことを言って、しつこく食い下がるパプキンを適当にあしらうが、今回は相手が悪過ぎた。

 パプキンはとにかく異常なレベルのポジティブ狂人で、自身の考えや思いを一方的に相手に押し付ける、という方法でしか他者と接することが出来ない。相手の気持ちを汲み取って自分から引き下がる、などという能力は彼には1ミリもない。(完全に悪い意味で)彼の中には「諦める」「挫ける」「落ち込む」という選択肢がないのである。自身の無力さ無能さを痛感してネガティブに塞ぎ込む、ということがパプキンには全く出来ない。彼には自身を客観的・社会的に省みる能力、そして他者とのコミュニケーションに必要不可欠な繊細さというものが完全に欠落しているのだ。

 ラングフォードに直談判して以降、パプキンは執拗に彼のオフィスに足を運び、自分をどうにか彼の番組に出演させてくれと粘りに粘る。当然、ラングフォードからしたら迷惑な厄介者でしかない。ついには別荘にまで押し掛けてきたパプキンに堪忍袋の緒が切れたラングフォードは、「お前なんか知らない! 出ていけ!!」と追い返すが、これが最悪の事態を招く。

 とうとうラングフォードから完全にシャッターを下ろされてしまったパプキンだが、これでもまだ挫けないのが彼の狂人たる所以である。パプキンはラングフォードの熱狂的なファン(というより病的なストーカー)であるキャシー(サンドラ・バーンハード)と協力してラングフォードを誘拐・監禁し、自分を彼の番組に出せと関係者を脅す。パプキンは法を犯してまで「一夜のキング」になることを選んだのだ。そして彼はついに夢の舞台で自身の芸を披露することに成功してしまう。

 当然ながら犯罪者なのでたった1回きりのステージになるわけだが、喜劇王になることを夢見た狂人は、正当な手段を経ずに、たった一夜にして有名番組にコメディアンとして出演してみせたのだ。そしてここからさらに、パプキンの狂気的な妄想を世間が受け入れてしまうような、何とも捻れたエピローグが待ち受けている。映画は序盤からずっとパプキンの妄想と現実の間にほとんど境目がないように描かれるが、これが最後の最後でとうとう妄想が現実になってしまったかのような、というよりは、現実の方がパプキンの妄想に追い付いてしまったかのような様相を呈してくる。

 パプキンはトラヴィス以上に他者とのコミュニケーションが断絶されたピュアな狂人だ。彼は彼だけの閉ざされた笑いの世界に住んでいる。しかし『タクシードライバー』の終盤でのトラヴィス同様、否、それ以上に、世間に「面白い変わり者」として受け入れられてしまう。

 彼が天才か狂人かを決めるのは、コメディアンの大御所でも法律でもなく、常に非日常的な刺激に飢えているテレビの前の大衆なのだ。

 突き抜けたピュアな狂人の暴走を一切断罪せず、見世物然としたエンターテイメント性、ドラマ性にまで昇華させてしまうスコセッシの、半ば開き直ったような表現者としての業の深さに、ただただ痺れるような感動を覚える。狂った人間による間違った選択の連続が、最終的にはドラマチックなカタルシスにまで昇華される、何とも罪深い傑作である。

 そういう意味で『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)に通ずる作品でもあり、どこか『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010年)で描かれるミスター・ブレインウォッシュの奇怪な成功譚をも連想させる。本作『キング・オブ・コメディ』には、「やれば出来る」「夢は叶う」といった文言に対する、何とも歪んだ悪夢が詰まっているのだ。

 

(2019年9月12日)

プロフィール

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わがままコブラ
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1984年5月2日
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