第154回『犬、走る DOG RACE』

野良犬どもの生き残りレース

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『犬、走る DOG RACE』
1998年:日本
監督:崔 洋一


 かつて松田優作が映画化を熱望していたという丸山昇一の脚本『ドッグ・レース』を原案に、崔洋一と鄭義信の二人が脚本を再構築し、90年代末期の新宿歌舞伎町を舞台にしたシニカルなハードボイルド犯罪劇として見事に蘇らせた。乾いた暴力と乾いた笑い、そして滑稽ながらもどこか哀切な人間模様を、前のめりな疾走感で突き抜けるように描き切った痛快娯楽作だ。

 日本人の不良刑事・中山(岸谷五朗)、韓国人の情報屋・秀吉(大杉漣)、同じく韓国人で秀吉の後輩でもあるヤクザの組長・権田(遠藤憲一)、そしてそれらの男たちを利用してしたたかに生きる中国人の女・桃花(冨樫真)の四人を中心に、人種も法も善も悪も全てが混沌とした新宿裏社会に生きる人間たちの赤裸々な生態が描かれる。

 押収したシャブを自らに打ち、路上の不良少年らをボコボコにし、ぼったくりバーのホステスを強姦した上に店を破壊する……という絵に描いたような不良刑事・中山と、そんな彼の情報屋兼舎弟のような秀吉、そして彼ら二人を利用しながら、様々な犯罪事業に手を染め荒稼ぎしている桃花。三人は奇妙な三角関係を築きながら、互いに互いを利用し合い、騙し合い、それでも何だかんだ離れられない腐れ縁のような結び付きで、新宿の裏社会をしたたかに生き抜いている。

 桃花はヤクザの組長・権田も利用し、かなり危ない橋を渡っている。当然ながら、そんなことをしていれば相応の破滅を招くもので、ある日、何者かに殺された桃花の死体が、秀吉のボロアパートの部屋のベッドの上で発見される。どうやら権田の仕業らしいと踏んだ中山と秀吉は、悲しみに暮れる間もなく、桃花の死体をどうにか権田に引き取らせようと大胆な作戦に打って出る……。

 残酷で暴力的な犯罪世界を、そこに生きる人間たちのしたたかで滑稽で生命力に満ち溢れた姿を通して描くことで、スカッと突き抜けるような純正エンターテイメント作品に仕上げている。

 全編に渡るロケ撮影(ゲリラ撮影と思われるシーンも多い)が、90年代末期の新宿歌舞伎町~大久保界隈にかけての猥雑な雰囲気を見事に捉え、その中で激しく走り回る愚か者たちの魅力がスクリーン狭しとほとばしる。登場人物たちはみな自己中心的で、互いに互いを利用し合いながら狡猾に生き抜いているが、そこには何とも人間臭いチャーミングな腐れ縁があり、時には残酷な暴力性を見せながらも、犯罪世界に巣食う野良犬どものその剥き出しのバイタリティーが、意外にも屈託のない笑いや涙を誘う。そういう意味で本作は、ある種の人情喜劇(人情悲喜劇)とも言える。

 おそらくアドリブも多いであろう役者たちの掛け合いがとにかく素晴らしい。不良刑事を演じる岸谷五朗も『新・仁義の墓場』(2002年)と並ぶくらい突き抜けた素晴らしい演技を見せるが、対する大杉漣の演技も岸谷のそれを上回るような突き抜けた魅力があり、この二人の掛け合いの素晴らしさは、まるでツービートの毒ガス漫才を見るようだ。

 そしてこの二人の間をしたたかに行き来する上海女役の富樫真の、どこまでもドライな美しさもたまらない。富樫×岸谷がタクシーの車内で見せる「ちんちん固~い」「だろぅ?」「したい~?」「だなぁ」のやり取りは、映画のオープニングとして最高の掴みだ。

 また、遠藤憲一、國村隼、香川照之といった、今にして見るとかなり豪華な実力派のメンツが主演三人の脇をガッチリ固めているのも見逃せない。

 きうちかずひろ監督の『共犯者』(1999年)もそうだが、この『犬、走る DOG RACE』も、かなり面白い作品ではあるが、映画好きの間でも知名度は今ひとつという気がして勿体ない(ツイッターなどでも、この作品について詳しく語られているのをあまり見ないように思う)。どちらもソフトや配信では見られるし、劇場ではつい最近、『共犯者』は池袋の新文芸坐で、『犬、走る』は京橋のフィルムセンターで見ることが出来た。当サイトも微力ながら、一人でも多くの人が『犬、走る』や『共犯者』のような作品を知るきっかけになればと思っている。

 

(2019年7月18日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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