第138回『ヒート』

ハードボイルドとは「男の弱さ」を描くもの

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『ヒート』
(Heat)
1995年:アメリカ
監督:マイケル・マン


 ロサンゼルスの路上で白昼堂々起こる現金輸送車襲撃事件。犯行の手口は鮮やかで、盗まれた物も犯罪組織絡みの無記名証券のみ。ロス市警の敏腕刑事ヴィンセント(アル・パチーノ)は、犯行現場の状況から、すぐに完璧なプロの犯行であることを見抜く。だが、どんなプロにもミスはある。ヴィンセントは現場に残った僅かな手掛かりから、執念の捜査で犯行グループを追い詰めてゆく。

 一方、犯行グループのリーダー、ニール(ロバート・デ・ニーロ)も、今回の敵が只者ではないことに気付いていた。徹底したストイックさと用心深さで、危険なヤマをいくつも踏んできたプロ中のプロである彼も、今回ばかりはいつもと勝手が違う。敵が悪過ぎたのだ。しかし高飛びをする前に、どうしても逃せないでかいヤマがある。こればかりは引き下がるわけにはいかない。

 こうして、二人のプロフェッショナルによる、男の矜持をかけた壮絶な死闘が始まる……。

 硬派で骨太な犯罪映画を撮らせたらピカイチのマイケル・マン監督による傑作ハードボイルド。当然ながら「善」対「悪」などという安直な図式ではなく、ずば抜けた明晰さと頑ななまでのプロ意識を持った男二人が、激しく敵対しながらも、同時に強く通じ合う様を描いている。

 ヴィンセントは元海兵隊員で大学院も出ているエリート。刑事になってからもハードな現場を渡り歩いて来た、まさに絵に描いたような敏腕の鬼刑事だ。寝る間も惜しんで執念の捜査を続け、数々の凶悪犯を追い詰めてきたが、一方で、そのワーカホリックぶりが仇となり、家庭生活はいつもボロボロ。三度目の結婚も、またもや崩壊寸前の危機に陥っている。

 一方のニールは、海辺の豪邸に住んでいるにも関わらず、家具などは一切置かず、結婚もずっと避けて生きてきた。なぜなら、「いつでも30秒で高飛び出来る無一物でないと、この稼業は務まらない」というのが彼の信条だからだ。彼は信頼のおける仲間とその家族のことはとても大事にする人柄だが、当人はどこか心を閉ざして生きている。

 そんな彼も、偶然出会った一般女性に心を開くが、やはりヴィンセント同様、ごくごく平凡な家庭の幸福を手に入れられるような男ではない。

 終盤、ヴィンセントとニールが初めて二人だけで対峙し、レストランでコーヒーを飲みながら会話するシーンがある。お互いに生粋のプロフェッショナルであることを認め、そうであるからこその自身の弱みや緊張、家庭内不和などについて、腹を割って告白し合う。

 二人がそれぞれに「普段よく見る悪夢」の話を披露し合うくだりは、まるで手負いの獣どうしによる相互セラピーのようで、とても印象深い。

 どちらも自ら家庭の幸福を求めはするが、結局、自分自身をそこに当てはめて生きることが出来ない。自身の生きざまにこだわるあまり、己の深い孤独を捨て去ることが出来ないのだ。その哀しみを理解し合える相手にようやく出会えたが、皮肉にもそれは強敵としての邂逅となってしまった。

 ヴィンセントは「出来れば、お前を逮捕したくない」とまで言い出すが、「お前がどうしてもヤマを踏むというのであれば、俺は躊躇うことなくお前を葬る」と宣告する。ニールも「俺がヤマを踏むのを邪魔するなら、その時は容赦なくお前を殺す」と返す。

 レストランのテーブルを挟んで、男二人が淡々と言葉を交わすだけなのだが、激しい銃撃戦のシーン以上に、ヒリヒリとした緊張感がその場を支配する名シーンだ。

 そしてラストは二人の避け得ぬ死闘になだれ込み、最高の敵にして、もしかしたら最高の友になれたかもしれない者どうしの、固い握手で幕を閉じる。このラストシーンには毎度胸を熱くさせられる。生粋のプロフェッショナルとしての矜持、その生きざまの中にしか自身の居場所を見い出せなかった孤独な二匹の狼が、死闘の果てに固い絆のようなもので結ばれるのだ。

 ハードボイルドというものの明確な定義は分らぬが、私なりに思うのは、ハードボイルドとは「男の強さ」を描くものではなく、むしろ「男の弱さ」を描くものではなかろうか、ということだ。

 本作は、徹底してストイックな矜持を持った男二人が、それでも人並みの平和な家庭生活を求め、自身の孤狼としての生きざまとの間で揺れ続ける、どこまでもナイーブな姿を描いた作品でもある。「男とは、かくも弱い生き物なのだ」ということが痛切に響く一本だ。

 

(2017年9月7日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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