第137回『アシュラ』(2016年)

地獄で這いずる負け犬の逆襲

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『アシュラ』
(아수라)
2016年:韓国
監督:キム・ソンス


 



 この世の中に楽なことなどない
 結局、悪人も弱く愚かな一人の人間に過ぎない

              キム・ソンス

 




 『殺人の追憶』(2003年)、『オールド・ボーイ』(2003年)、『チェイサー』(2008年)、『悪魔を見た』(2010年)、『悪いやつら』(2012年)、『新しき世界』(2013年)、『泣く男』(2014年)等々、ゼロ年代以降の骨太で苛烈な韓国ノワール映画の一群は、いずれも過激な暴力性と厚みある人間ドラマ、そしてハリウッドをも凌ぐエンターテイメント性を有した傑作ぞろいで、次から次へと度肝を抜くような新作を世に放ち続けている。

 そんな韓国ノワール映画に、またもやとんでもない傑作が現れた。架空の都市アンナム市で、悪と悪、暴力と暴力が激しくぶつかり合う地獄絵図を描いた『アシュラ』だ。

 アンナム市の旧米軍基地跡の再開発をめぐり、その利権を全て独占しようと目論む悪徳市長パク・ソンベ(ファン・ジョンミン)。彼は自身の目的のためならどんな汚い手段を使うことも躊躇しない極悪人だ。そんな悪徳市長の汚れ仕事の実行役として暗躍するのが、本作の主人公である汚職刑事ハン・ドギョン(チョン・ウソン)。彼には重病の妻がおり、その医療費のためにどうしても多額のカネが必要で、さらにその妻はパク市長と異母兄妹の関係にある。

 ドギョンはくる日もくる日もパク市長の飼い犬として、かなり危険な汚れ仕事に従事する。そんなことをしていれば当然、自分で自分の首を絞めているのと同じことだ。ドギョンは冒頭からとんでもないアクシデントを起こし、その隠蔽工作のためにさらに悪の道を突き進んでゆく。

 パク市長の飼い犬としての生活だけでも充分に追い詰められているドギョンだが、キム・チャイン(クァク・ドウォン)というバリバリの剛腕検事が現れたことにより、さらに窮地に追い込まれる。キム検事の直属の上司はパク市長の反対勢力たち(こちら側も当然ながら再開発に絡む権利を狙っている)と結託し、何としてでもパク市長の悪事を暴き、彼を監獄送りにしたいと躍起になっている。そこで目を付けられたのが、パク市長の飼い犬である汚職刑事ドギョンだ。

 キム検事はドギョンの弱みを握り、彼にパク市長の犯罪関与の証拠を差し出せ(パク市長の証言を隠し録りしろ)と迫る。自分の利益のためなら殺しも厭わない暴君パク市長と、その彼を法を犯してでも監獄送りにしようと奔走するキム検事。この最悪の板挟みの中で、危険過ぎる二重スパイをする羽目に陥り、人生のどん底のそのまた奥底へと堕ちてゆくドギョン。既に地獄の状態からスタートするこの絶望物語だが、話が進むに連れ、その非情な凄惨さも加速度的に増してゆく。果たしてこの地獄に終わりはあるのか? ドギョンはこの地獄の底から抜け出せるのか?

 権力上層部の悪たちが底辺で生きる悪たちを利用してシノギを削り、底辺の悪たちは互いに騙し合い、裏切り合い、殺し合いながら、血で血を洗う地獄絵図を繰り広げる。どこまでも絶望的で苛烈で残酷で血みどろな本作だが、そのアクション演出においてもドラマ演出においても、作家性の濃い描写力と娯楽的ダイナミズムとが見事に結び付いた逸品だ。繊細な間接表現と緻密に敷き詰められた伏線が重層的に絡み合い、過剰なまでの暴力性を爆発させながら、同時に、負け犬のブルースを描いた哀切極まりないハードボイルド作品として、丹念に作り込まれている。

 本作の作り込まれた演出の中で、特に面白いと思ったのが食事シーン(本作に限らず、韓国映画には魅力的な食事シーンが多い)。要所要所に配された食事シーンを、登場人物たちの立場や関係性、あるいは精神状態などを表す巧みな間接表現として用いている。本作において最も重要な転換場面(ドギョンが反撃の狼煙を上げるシーン)では、なんとドギョンが唐突にコップをバリバリと食べ始める(実質的には食べるというよりは、あることをするために噛み割る)。このコップを喰らうという転換場面を境に、物語は残酷至極なラストへと向かって一気呵成にスパークしてゆく。

 「負け犬の人生に勝ち目はないが、それでも刺し違えるくらいの落とし前はつけてやる。負け犬にも負け犬なりの意地があるんだ。最後くらいはその意地を見せてやろうじゃないか」……ラスト、満身創痍でリボルバーに弾を込めるドギョンの姿は、そう語っているように見える。胸を締め付けるような負け犬のブルースと、地獄の底に突き落とされてなお貫かれる男の矜持。『アシュラ』はそれをどこまでもビターに描き切った、現代韓国映画随一のハードボイルド作品である。

 

(2017年3月14日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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