第134回『さざなみ』(2015年)

静かで冷たい夫婦の地獄

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『さざなみ』
(45 Years)
2015年:イギリス
監督:アンドリュー・ヘイ


 ジャンル問わず、夫婦間の地獄を描いた映画作品を「暗黒夫婦映画」と呼んでいる。

 『酒とバラの日々』(1962年)
 『雨の午後の降霊際』(1964年)
 『バージニア・ウルフなんかこわくない』(1966年)
 『ポゼッション』(1981年)
 『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(2008年)
 『ブルーバレンタイン』(2010年)
 『おとなのけんか』(2011年)
 『凶悪』(2013年)
 『ゴーン・ガール』(2014年)
 『クリーピー/偽りの隣人』(2016年)

 ……などなど。

 国も年代も内容もバラバラだが、いずれの作品も確かに「夫婦の地獄」を描いた作品と言える。現役夫婦はもちろんのこと、妊娠中の女性や結婚を前提として付き合っているカップル、あるいは前向きに婚活に励んでいる人などには、極力見せない方がいいだろうと思われる作品ばかりだ。

 そしてつい先達て見た『さざなみ』もまた、この「暗黒夫婦映画」の枠に入る(というかまさにそこを真正面から描いた)作品なわけだが、今まで見てきた「暗黒夫婦映画」の中では群を抜いて恐ろしく、終始胃の腑に鉛を流し込まれているような気分にさせられる。別に仰々しい演出があるわけでもなく、暴力シーンも流血シーンも一切ない。夫婦が激しく罵り合う描写もほぼ皆無だ。

 ひたすら醜悪な熟年夫婦の罵り合いを描いた『バージニア・ウルフなんかこわくない』(1966年)を「動」とすれば、本作『さざなみ』はまさに「静」だ。いずれも「夫婦の地獄」を描いていることに変わりはないが、その表現スタイルはちょうど正反対と言える。

 大まかに言うと本作は、「結婚45周年を迎えた夫婦の静かな一週間」が描かれるが、あることをきっかけに、その静かな静かな夫婦生活が、水面下でドロドロと溶けるように崩壊していく。

 イギリスの長閑な田舎町に暮らすジェフ(トム・コートネイ)とケイト(シャーロット・ランプリング)。二人はこの週末に結婚生活45周年のパーティーを控えた、慎ましやかな老年夫婦だ。

 月曜の朝、ジェフ宛に一通の手紙が届く。内容は、ジェフが20代の頃に付き合っていた女性の遺体が発見されたというもの。当時、ジェフが彼女と一緒に雪山登山をしていた際に、彼女が足を滑らせ、深いクレバスに落下してしまったのだ。彼女の遺体は氷の中で、当時の姿のまま見つかったのだという。この報せを受けてから、ジェフはどんどんおかしくなっていく。

 長年やめていたタバコを落ち着きなく吸い始め、妻の気持ちなどまるで考えずに昔の恋人の話ばかりする。当然、ケイトはこれを快くは思わない。夫はどうやらかつての恋人の遺体に再会したい様子である。友人家族と食事をしていても上の空で、完全に自分の世界に閉じこもってしまうジェフ。そしてついには、屋根裏部屋に隠してあった、かつての恋人との思い出の品々を漁り始める。

 ジェフが自分の「美しい過去」へとトリップしていくに連れ、ケイトの動揺もますます酷くなっていく。怒りと不安と嫉妬がない交ぜになったような気持ちの中で、ケイトは夫の留守中に彼の思い出の品の数々を見てしまう。彼女はここで初めて、古いスライド写真の中で微笑む夫の元恋人と対面する。しんと静まり返った屋根裏部屋に、スライド映写機の音だけが無機的に響くこのシーンの緊張感と恐怖感は、まるでホラー映画そのものだ。これを機に、ケイトの不安と怒りは頂点に達し、今夜もまたベッドで延々と昔の恋人との思い出を語るジェフに対し、思わずこう訊いてしまう。

 「あなた、もし彼女が死んでいなかったら、私じゃなく彼女と結婚してた?」

 最初は答えをはぐらかそうとしていたジェフも、とうとう残酷な本音を言い放つ。

 「ああ、そのつもりだった」

 このドロドロとした絶望的な地獄の中で、とうとう結婚生活45周年パーティーの日がやってくる。自分の中で勝手に区切りを付けたのか、ジェフは朝から上機嫌だ。彼は何事もなかったかのように、今日からまたケイトとの人生に戻るつもりらしい。

 ……が、一方のケイトはもう完全に心が冷め切っている。

 多くの友人知己に祝福されながら、和やかな雰囲気の中で進むパーティー。ジェフは自身のスピーチの中でケイトへの変わらぬ愛を語り、涙する。おそらく彼の言葉に嘘はないだろうが、しかしケイトにとってこのスピーチはもはや、白々しい空虚な言葉の羅列に過ぎない。

 そしてパーティーでのダンスタイムが、この静かなる絶望物語のクライマックスとなる。ジェフとケイトは、二人の思い出の甘いバラードナンバーでチークダンスを踊る。すっかり満ち足りた様子でリードするジェフ。一方のケイトの表情は複雑にこわばったままだ。

 ダンスが終わり、拍手喝采の中でジェフは握ったケイトの手を高々と挙げて挨拶する。が、ここでケイトは思わず、汚らわしいとでもいうように夫の手を振り払ってしまう……。

 かつてここまで戦慄させられるチークダンスのシーンがあったろうか。

 本作は、夫婦間の地獄を描きながら、同時に「過去」に囚われた男の破滅を描いた作品でもある。長い長い「今」を共にしてきた妻は、実はそれが夫の「美しき過去」には及ばぬ(少なくとも夫はそう思っている)ことを痛感し、夫に対する45年間の愛と信頼を捨てざるを得なくなる。

 本来、人は皆「今」を実直に生きるべきであって、いたずらに「過去」に囚われるべきではない。「過去」に囚われた途端、人は「今」を生きることが出来なくなり、下手をすれば人生の全てを失う危険性すらある。ジェフは己の裡に秘めていた「美しき過去」に囚われ、一時的にではあっても、ケイトと共に生きている「今」に背を向けてしまった。夫のこの浅はかな裏切り行為に傷ついたケイトの心は、おそらくもう二度と元には戻らない。

 『ゴーン・ガール』(2014年)を見たときも思ったが、「仮面夫婦」という言葉の本当の意味は、夫婦共同で仮面を被り、対外的にオシドリ夫婦を装うというよりも、夫婦どうしで互いに仮面を被り、二人別々の孤独の中に住んでいる、という状態を言うのではなかろうか。二人で共に「今」を生きられなくなったとき、夫婦は互いに仮面を被らざるを得なくなるのかもしれない。

 

(2016年9月14日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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