第132回『日本で一番悪い奴ら』

道警対組織暴力

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『日本で一番悪い奴ら』
2016年:日本
監督:白石和彌


 『凶悪』(2013年)の白石和彌監督が、実際にあった北海道警察内部の組織犯罪の実態を、一人の男に焦点を当て実録タッチで描破した、まさに平成の『県警対組織暴力』(1975年)と呼べる一本。生真面目で一本気な主人公が、その馬鹿正直さゆえにどんどん組織的な腐敗体質に順応し、溺れ、ついには破滅してゆく様を描いた作品としては、『ポチの告白』(2005年)にも通ずる作品だ。

 主人公・諸星(綾野剛)は、柔道一直線の絵に描いたような生真面目な体育会系。彼はその柔道の腕を買われ、北海道警へ。最初の頃は事務方の雑務などをコツコツとこなしながら、何となくうだつの上がらぬ日々を送っていたが、ある日、凄腕の先輩刑事・村井(ピエール瀧)から、「刑事の仕事で結果を出すには、裏社会のクソ溜めの中へ飛び込まなければダメだ。犯罪者側の人間からS(エス)つまりスパイを雇って裏情報を先取りするんだよ」とアドバイスをもらう。

 村井はヤクザなどとつるんでは、誰よりも先に裏情報を仕入れ、高検挙率をバンバン叩き出す。夜は高級クラブでガンガン飲んで、ホステスの胸をガンガンもみしだく。ほとんどヤクザと見分けがつかない不良刑事だが、そうであるがゆえに、誰よりも「結果の出せる」敏腕刑事なのである。

 元より馬鹿が付くほど正直な諸星は、村井の教えをまさに「愚直」に実行に移す。まず自分の名刺を作り、ヤクザや街のチンピラや夜の店の関係者たちに片っ端から「顔」を売って歩く。「何か困ったことがあったら諸星に連絡してくれ」「何かいいネタがあったら諸星に連絡をしてくれ」「とにかく何でもいいから諸星に連絡してくれ」……こうして手に入れた初めての手柄(完璧な越権捜査だが)をきっかけに、諸星は次第に街の「顔」になってゆく。

 そして、ヤクザの黒岩(中村獅童)、ヤクの売人の山辺(YOUNG DISE)、パキスタン人の銃密売人ラシード(植野行雄)という直属の「エス」とのつながりも出来、銃器対策課に配属されてからは、あらゆる違法手段を駆使した銃の押収に全力を尽くす。しかしこれは諸星の単独の違法行為ではなく、上司らも全て知っての上で行われているのである。

 諸星は見た目もヤクザまんまな生粋の悪徳刑事のようでありながら、その実はやはり組織の飼い犬なのだ。いくらでも替えの利く歯車の一部、つまりは「トカゲの尻尾」要員でしかないのである。

 一時は「銃器対策課のエース」とまで呼ばれ、あらゆる手段を講じながら脅威の拳銃押収率を誇った諸星だが、彼の手荒なやり口がいつまでも上手くいくはずもなく、次第に拳銃も手に入りにくくなり、その資金繰り(「押収」用の拳銃を裏ルートで手に入れるための資金稼ぎ)のために、ついには麻薬売買にまで手を染める。

 危険な橋を渡れば渡るほど仕事が上手く行かなくなる……という悪循環に陥り、いつしか諸星は上司たちに見捨てられ始め、兄弟のように付き合っていた「エス」たちとの中にもヒビが入り始める。そしてあるとんでもない大失態を機に、彼はとうとうミイラ取りがミイラになるがごとく、「エス」たちと売り捌いていた覚醒剤に自ら手を染めてしまう。

 こうなれば当然、破滅への坂道を真っ逆さまに転がり落ちてゆくのみだ。

 本作も『ポチの告白』も、主人公の「業」を軸に描いているわけだが、彼らは決して根っからの悪人というわけではなく、むしろ馬鹿が付くほど正直な性格が仇となり、組織に言われるまま、それが本末転倒甚だしい間違った道であることにも気付かずに、ただただ愚直に邁進し、果ては組織が望む以上の暴走まで見せ、最後は人生の全てを失う形で破滅してゆく。

 本作の主人公も『ポチの告白』の主人公も、どちらも根っからの体育会系気質で、先輩の言うことにはなかなか逆らえないばかりか、「疑う」ということをあまりに知らない。つまりは、本作も『ポチの告白』も、「体育会系の腐った組織にとって、馬鹿正直で生真面目な人間ほど使い捨て要員として利用しやすい」ということを実に分かりやすく描いていると言える。

 『凶悪』に続き、白石監督はまたしても「社会性」「娯楽性」「ドラマ性」のバランスが実に巧く取れた傑作を世に送り出した。これだけ悪辣な犯罪ドラマでありながら、どこか重喜劇的なおかしみもあり、意図的に笑わせてくるようなシーンさえある。ひたすら重々しいシリアスな作品にも出来たろうが、ここらへんのバランス感覚がやはり絶妙だ。

 この白石監督の独特のバランス感覚は、登場人物たちのキャラ造形にも存分に活かされている。リアリティーとカリカチュアのバランスを、かなり際どいラインで保たせるキャラ造形が実に巧妙なのだ。今作では特にデニス植松とTKO木下のキャラが、あともう一歩カリカチュア側に踏み込めば、完全な笑いになってしまうところを、ギリギリのラインで留めている。これを完全な笑いの側へ振り切ってしまっては、映画自体がコント化してしまうし、逆にシリアス一辺倒ではあまりに遊びがなさ過ぎる。こういう絶妙なバランス感覚は、なかなか取ろうと思って取れるものではないだろう。

 

(2016年7月11日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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