第130回『ヒメアノ~ル』

恋と笑いと連続殺人

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『ヒメアノ~ル』
2016年:日本
監督:吉田恵輔


 ポップなラブコメ全開の序盤を経て、中盤から一気に無秩序型殺人鬼による狂気の暴力世界へと突入してゆく超異色作。夢も希望も趣味もなく、恋人もいない。そんなしがない日々を送っている主人公・岡田(濱田岳)。彼はある日、勤め先のキモい先輩・安藤(ムロツヨシ)から、安藤が想いを寄せているカフェ店員・ユカ(佐津川愛美)の身辺を色々と調べてほしい、というほとんどストーカーまがいの面倒事を頼まれてしまう。仕事のヘマをかばってもらった恩義もあり、安藤の無茶な頼みを断れない岡田。ここから、岡田×ユカ×安藤のドタバタ系ラブコメ劇に発展してゆく。

 序盤のこのラブコメのパートがとにかくよく出来ている。ゲラゲラ笑えるし胸キュンするしで、この序盤だけでしっかりと独立したラブコメ作品に仕上がっていると言っていい。で、すっかり観客側の心をほぐしておいて、中盤からこのドラマに森田(森田剛)という猛毒をブチ込んでくる。途端、観客は一気に狂気的な暴力世界へと引きずり込まれることになるのだ。

 ユカの勤めるカフェで高校時代の旧友・森田と再会する岡田。森田は以前とどこか雰囲気が変わっている。その後、森田がどうやらユカをストーキングしているらしいことが分かり、岡田と安藤は森田のことを調べ始める。森田の素性が段々と分かり始めるにつれ、ポップなラブコメ展開であったドラマに不穏な空気が漂い始め、中盤に遅めのタイトルコールが表れると同時に、映画は一気に血みどろの暴力世界へと突入してゆく。この大胆な構成と、物語の転換のタイミングは絶妙だ。

 作り手側も演者側も皆とにかく素晴らしい仕事をしているが、やはり殺人鬼・森田役の森田剛が傑出している。生まれ持ってのサイコパス殺人鬼という設定ではなく、学校生活での残虐極まりないイジメによって、10代のうちに人間的な感情も良心も全て捨て去ってしまった「哀しき獣」を、独特のナチュラル演技で見事に体現している。

 声高に「ブッ殺すぞ!」などと言うのではなく(そういうシーンもあるにはあるが)、概ね気の抜けた声でさらっと「早く死ねよぉ~」みたいに迫ってくるのがたまらなく恐い。勝手に人の家に上がり込んでカレーを食べながら、帰宅した住人をさらっと殺すような役が、ここまで似合う俳優だとは思わなかった。かつてのTV番組『学校へ行こう!』などでV6の他のメンバーと一緒に無邪気にキャッキャ笑っていたあのイメージが強いので、余計に驚いた。

 ポップなラブコメから不条理な血みどろ暴力映画への展開を経て、最終的にはまさかまさかの「もうあの頃には戻れない」というイノセンスの喪失をオチに持ってくるが、これがなかなかニクイ。あのラストの回想シーン(森田がいちばん幸せだった「あの頃」まで退行してしまうシーン)を蛇足と取る人もあるようだが、あのラストこそが、本作の質をグッと底上げしているように思う。

 本作に登場する男たちは、皆かなり早い段階(おそらく10代)でイノセンスを喪失し、あきらめきったような日常を送っている。程度の差こそあれ、社会人としても男としても完全なる負け組だ。

 本作におけるイノセンスの喪失とは、穢れた大人になるという意味ではなく、思春期のうちに心を殺して生きることを選んでしまった男たちのその生き方のことだ。程度の差も理由もそれぞれだが、岡田も安藤も森田も、そして森田と同じイジメられっこであった和草も、早い段階で心を殺して生きることを選んでしまった男たちなのだ(ただ、和草の場合は婚約者の久美子が心の支えになっているというところはある。がしかし、結局その久美子が大きな人生の選択ミスをしてしまう……)。

 ヒロインのユカは(少なくとも男たちから見て)イノセンスの塊みたいな存在である。彼女自身にそういう自覚はないだろうが、だからこそ岡田も安藤も森田も彼女に吸い寄せられる。男たちは喪失した己のイノセンスを、ユカのそれで補おうとしたと言えるかもしれない。

 未熟な男が女に対する必要以上の純潔性(処女性)を求める典型がここに描かれている。岡田も安藤も(おそらく森田も)、ユカに対して手前勝手な純潔性のイメージを付与している。岡田が自分からユカに「過去の経験人数」を訊いておいて、思いのほか多かったので不貞腐れるシーンなどはまさにそれだ(ここらへんをきっちり「笑い」として差し込んでくるあたりが巧い)。

 そんな岡田は本作の中で最も人畜無害な男であり、殺人鬼にまでなってしまった森田と何かと対比的に描かれているが、しかしその根っこの部分では岡田も森田も似た者どうしなのである。岡田にとっての「セックス」が森田にとっての「暴力(殺し)」であるということが、カットバックを用いてかなり直接的に描かれているし、何より居酒屋での彼らの会話が、岡田も森田も結局は「同じ穴の狢」なのだ、ということをストレートに表している。

 だからこそ、ラストのあの回想シーンが必要なのだ。彼らはもともと純粋無垢な似た者どうしであったが、しかし二人とも、もう「あの頃」には戻れないのだ……という、やるせなさと哀しさとが見事に集約された名シーンである。

 無抵抗な弱者を無慈悲に殺す森田は許されざる罪人であり、何を考えているか分からぬ異常な殺人鬼であるが、しかし人畜無害の岡田とて、もし人生の道をほんの少しでも踏み外せば、森田のようになっていたかもしれないし、また逆を言えば、森田もどこかで選択を間違っていなければ、少なくとも人を殺さずに生きることは出来たかもしれない。

 この世に多様な可能性があるということもまだ知らぬうちに、徹頭徹尾心を殺して、自分を殺して生きることを選んでしまった男たちの哀しい末路、そのイノセンスの喪失を描いた「失われた青春」映画として、本作は傑出した一本である。

 

(2016年6月5日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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