第124回『チェンジリング』(1979年)

復讐者に憐れみを

img_20231228-123542.jpg
『チェンジリング』
(The Changeling)
1979年:カナダ
監督:ピーター・メダック


 ロバート・ワイズ監督の『たたり』(1963年)やジョン・ハフ監督の『ヘルハウス』(1973年)などに連なる「家もの」「ポルターガイストもの」の傑作。

 交通事故で妻子を失い、失意のどん底にあった作曲家のジョン(ジョージ・C・スコット)は、辛い思い出のあるニューヨークを離れ、シアトルの大学で音楽を教えることに。彼は、地元の名士カーマイケル(メルヴィン・ダグラス)の財団が所有する古びた屋敷を借りて暮らし始めるが、引っ越して早々、毎日のように鉄板を叩きつけるような音や人の声のようなものが、どこからともなく聞こえてくるという怪現象が起こる。

 最初のうちは気のせいかと思っていたジョンも、はっきりと知覚出来るレベルの怪現象が毎日のように続き、さらには、屋根裏部屋から出てきた古びたオルゴールのメロディーが、今現在、彼が作曲している曲と全く同じものであったので、霊が何か自分に訴えかけてきていると考えたジョンは、とうとう霊媒師を呼んで交霊を行うことに。そしてこの交霊によって、かつてこの屋敷で起きた悲惨な殺人事件のヴィジョンが見え始める……。

 あまり派手な演出はないものの、必要最低限の効果音とBGMとカメラワークの妙で、じわじわと見る者の恐怖心と緊張感を煽り、そしてここぞという絶妙なタイミングで(決してグロではないが、充分にインパクトのある)ショック描写をズドンと放ってくる。

 とことん地味ではあるが、タメとメリハリを利かせた恐怖演出は見事だ。血ドバドバや内臓グチャグチャでは決して表現出来ない技ありの恐怖を堪能することが出来る。普段、映画を見ていてあまり恐いと思うことは少ないのだが(気持ち悪いとかビックリするということは多々あるが)、本作のじわじわ来る感じは本当に恐い。

 不意打ちでワッと驚かせるのではなく、長めのタメ(前フリ的な小さめの恐怖演出を小出しにしていきながら、同時に伏線もきっちり張っていくという巧妙さ)でこちらの恐怖心をじわじわと煽っておいて、絶妙なタイミングでショック描写を放たれると、「そろそろ来るな」ということが分かっていながらも見事に面食らってしまう。

 屋敷内の怪現象シーンで白眉だと思ったのはゴムボールのシーン。誰もいないはずの2階から、ジョンの死んだ娘の遊び道具だったゴムボールがトントントンと弾みながら階段を転げ落ちてくる。ジョンは不気味に思うと同時に、娘の死の悲しみを少しでも早く忘れたい気持ちも手伝って、屋敷から遠く離れたところにある川まで車で向かい、このゴムボールを橋の上から投げ捨てる。そしてジョンが屋敷へ戻って来ると、つい先ほど捨てたはずのゴムボールが、また同じようにトントントンと弾みながら階段を転げ落ちてくる……。地味な演出ながら、ゾッとさせられる名シーンだ。

 冒頭に挙げた『たたり』や『ヘルハウス』と同じく、本作も霊の姿を最後の最後までハッキリとは見せない。ほぼ全ての恐怖演出が、先述したような間接的なものばかりだ。つまりは「音」「声」「BGM」、そして「ゴムボール」「ピアノ」「テープレコーダー」「車イス」といった小道具を用いて、間接的に霊の存在を表現しているのである。

 いずれも派手さはないが、その細やかな間接表現によって、直接的なグロ描写や不意打ちで驚かせるような演出にはないリアリティーを生むことに成功している。霊の姿を見せない代わりに「霊の視点」でカメラが移動し、主人公たちを遠巻きに見たり、時には襲いかかったりするので、「見えないけれど確実にいる」ということを感覚的に観客側に伝える小技も利いている。

 『たたり』や『ヘルハウス』もやはり間接的な恐怖演出に秀でた作品だが、『チェンジリング』はこの2作品と違い、屋敷内でのポルターガイストものだけに話が収まらない。前半ではポルターガイストものとしての恐怖体験に始まり、その屋敷が呪われるきっかけになった事件の真相に迫ってゆく。ここまではポルターガイストものとしては実にオーソドックスな展開だが、ジョンが事件の真相に迫るにつれ、本作は次第にサスペン要素の色濃い展開になってゆき、さらには『東海道四谷怪談』のような「復讐もの」としての要素も加わってくる。「子供の霊」+「復讐もの」という点では、ギレルモ・デル・トロ監督の『デビルズ・バックボーン』(2001年)にも似た要素がある。

 この後半のサスペンスフルなストーリー運びも見事で、ただ恐怖に翻弄されるばかりでは終わらぬ主人公の、ある種の男気のようなものまで味わえる仕上がりになっている。なるほど、これだから主人公役に骨太なジョージ・C・スコットが選ばれたのか、と妙に納得させられる。終盤にかけての主人公ジョンの姿は、そのまんま『ハードコアの夜』(1979年)で同じくジョージ・C・スコットが演じた、怒れる主人公ジェイクの姿を連想させる。

 「家もの」「ポルターガイストもの」の恐怖映画としても一級品だが、本作はさらにサスペンスフルな「復讐もの」、あるいはハードボイルドな「探偵もの」として見ても、すこぶる良質な逸品である。終盤、霊に対して恐がるどころか怒りをぶちまける雄姿まで見せてくれるジョージ・C・スコットのかっこよさにシビレること請け合いの一本。「義侠心に厚く、怒らせたら恐いオヤジ」を演らせたら、やはりジョージ・C・スコットという俳優はピカイチだ。

 

(2015年11月19日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数