第123回『カリフォルニア・ドールズ』

旅は道連れドサ回り、涙の回転エビ固め!!

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『カリフォルニア・ドールズ』
(...All The Marbles)
1981年:アメリカ
監督:ロバート・アルドリッチ



 「こんな生活イヤになったわ……同じところをグルグル回ってるだけで、ちっとも先へ進めない」

 「じゃあ、夢を捨てるの?」

 「夢は捨てないわ!」


 今まで私が見てきたスポ根ものの映画作品の中で、本作はダントツで好きな一本。骨太な男気アクションや異常心理サスペンスの名手として知られる反骨の名匠、ロバート・アルドリッチの遺作となった作品である。アルドリッチ作品でスポ魂ものといえば、囚人チーム対看守チームの塀の中でのアメフト対決を描いた『ロンゲスト・ヤード』(1974年)も最高に熱いが、そんな彼の真骨頂である骨太な男気感覚を、そのままの熱量で女子プロレスの世界にバシッ!と闘魂注入した本作『カリフォルニア・ドールズ』こそ、まさにアルドリッチ印の底力を見せつけるような痛快作だ。

 鳴かず飛ばずの女子レスラーコンビ「カリフォルニア・ドールズ」ことアイリス(ヴィッキー・フレデリック)とモリー(ローレン・ランドン)は、才はあるが短気が玉に瑕の中年マネージャー、ハリー(ピーター・フォーク)と三人でドサ回りの日々を送っている。

 女子プロレス界のスターとして花開くことを夢見ながら、懸命に試合をこなしていく彼女たちだが、知名度も稼ぎも今ひとつ。旅先の小汚いモーテルで寝起きし、安物のファストフードで腹を満たしながら、街から街へと試合を求めて渡り歩く。ここまでボロボロになって闘っても、一向にチャンスが巡ってこない。将来への不安は募るばかり。

 何かと注文の多いマネージャーを疎ましく思い、ついつい口ゲンカになってしまうことも少なくない。田舎町のお祭りで見世物的な泥レスをやらされ皆の笑い者になったり、ケチくさい興行師のために苦渋の枕営業をするハメに陥ったり……毎晩のように悔し涙が枕を濡らす茨道。

 でも、それでも、夢を信じて三人でやっていくしかない!!

 どんなにイヤなことがあっても、前へ進む以外に道はない!!

 傍から見れば、もうほとんど腐れ縁のようにしか見えない三人だが、「プロレスの世界で頂点を目指すんだ!!」「夢を掴むんだ!!」という意志の強さが、ただそれのみが、この三人を固く結び付けている。悔し涙に何度もくじけそうになりながらも、己の信ずる道を突き進む不器用な主人公たちの姿を描いた、まさに王道のスポ根映画だ。

 『ロッキー』(1976年)よろしく、負け犬が体一つで伸し上がっていく姿というのは、いつ見ても心を震わせられる。そういったスポ根映画における真の素晴らしさは、ただ勝者の歓喜のみを讃えるのではなく、その裏にある人生の悲哀感や挫折感もきっちりと描いているところにある。単純なシンデレラ・ストーリーに終始するのではなく、人生における敗者としての苦渋もきちんと描けていないと、スポ根としてのある種の説得力のようなものがなくなってしまう。

 悲哀感や挫折感の泥沼に埋もれていた人間が、人生における自分の居場所、つまりは自身の主体性を証明出来る場所を、リングやフィールドの中に改めて見出すその姿に心を震わせられる。

 つまるところ、スポ根というジャンルにおいて真に重要なのは、当然ながら試合の勝ち負けではなく、リングやフィールドの上で「自分は今この瞬間を味わうために生きてきたんだ!!」と主人公たちが気付くその姿である。「自分が生きている意味はここにあったんだ!!」と、理屈を超越した領域で主人公たちが感得するその瞬間こそが、スポ根映画における真のクライマックスであり、最高のカタルシスなのだ。

 本作『カリフォルニア・ドールズ』も、もちろんこのスポ根における真のクライマックス、最高のカタルシスを味わえる大傑作である。ラストのW回転エビ固めに胸を熱くさせられること必至だ。

 

(2015年10月19日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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