第119回『トゥモロー・ワールド』

明日なき世界の微かな光

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『トゥモロー・ワールド』
(Children of Men)
2006年:イギリス、アメリカ
監督:アルフォンソ・キュアロン



  昨日は事実、今日は存在、明日は希望
  昨日は事実、今日は存在、明日は希望

  子供達の明るいざわめきが
  街中に響きわたるその日まで
  オレは決して忘れはしない
  あの日のすべての出来事を

            JAGATARA 『都市生活者の夜』


 『ゼロ・グラビティ』(2013年)が話題を呼んだアルフォンソ・キュアロンによるディストピアもののハードSF。近未来の絶望的な世界に生まれた微かな希望と、それを命がけで守り抜こうとする主人公の奮闘を、手に汗握るアクションと流麗な映像美で描き出した傑作だ。

 舞台は西暦2027年のイギリス。

 この18年間、人類は全世界で出生率ゼロという原因不明の危機に見舞われていた。つまりは18歳未満の子供がこの世に存在しなくなったのだ。子孫が残せないというこの絶望的な状況下で、世界の秩序は崩壊。今は唯一イギリスだけが、ギリギリの状態で国家としての体裁を保っている。

 国境を封鎖し、不法入国者を厳しく取り締まることで、辛うじて無政府状態を免れているのだ。しかしそれでも移民の数は増える一方で、また反政府組織によるテロ行為も頻発している。この国の崩壊も時間の問題だ。そして何よりも人類の滅亡が目前に迫っているのである。

 主人公のセオ(クライヴ・オーウェン)はエネルギー省に勤める役人で、他の一般人よりは良い暮らしをしているが、しかしこの絶望的な状況下で、彼もまた他の人間たち同様に無気力な日々を送っている。彼にとって唯一の癒しは、人里離れた森の隠れ家で、マリファナを栽培しながら長閑に暮らしている元フォト・ジャーナリスト、ジャスパー(マイケル・ケイン)に会いに行くこと。ロックを愛し自由を愛する彼と話している時だけが、セオにとって唯一の人間的な時間なのだ。

 そんなある日、セオはいつもの通勤時に反政府組織に拉致されてしまう。

 そして目隠しを解かれた彼の前に現れたのは、なんと彼の元妻ジュリアン(ジュリアン・ムーア)であった。実はセオも昔はジュリアンと共に反政府活動に邁進していたのだが、二人の間に起きたある悲しい事件がきっかけで、彼は未来に対する希望を持つことが出来なくなってしまい、それ以降、今に至る無気力な日々を送っているというわけなのだ。

 ジュリアンは、ある移民の黒人少女をヒューマン・プロジェクトという人類救済団体に引き渡そうとしており、そのために移民用の通行証が必要なのだと言う。つまり、セオの役人としてのコネを利用して、その通行証を手に入れてほしいと言うのだ。最初は拒否するセオだったが、結局は渋々協力することに。そして少女を引き渡しの場所まで連れていく道中にも、嫌々ながら同行する羽目になってしまい、このことが彼の運命を大きく変えることになる。

 少女を移送する道中、謎の暴徒集団の襲撃に遭い、ジュリアンが死亡。セオと少女、そして残りのメンバーは命辛々、組織の隠れ家に逃げ帰る。と、ここでセオは衝撃の事実を知る。なんとこの少女は妊娠していたのだ。ジュリアンはこの少女に、人類の未来を託そうとしていたのである。

 さらにセオは、ジュリアンを殺したのが実は同じ組織のメンバーであったことを知る。武装蜂起を唱える彼らは、何事にも平和的解決を主張するジュリアンに対して、以前から密かに不満を抱いており、妊娠した少女を救済団体へ引き渡すことにも反対していたのである。彼らは武装蜂起のための「政治的な道具」として、この少女とお腹の赤ん坊を利用すべきだと考えていたのだ。

 身の危険を感じたセオは、少女ともう一人の女性メンバーを連れてこの隠れ家を脱出し、自分の力で少女をヒューマン・プロジェクトへ引き渡すことを決意する。果たしてセオは、この少女を最後まで守り通し、彼女に人類の希望を託すことが出来るのか……。

 あらすじだけを追うと、少し話が込み入っているようにも思えるが、正味のところは至極シンプルな(セオと少女の逃避行をメインにした)冒険活劇だ。もちろん人間ドラマも決して手薄なわけではないし、サスペンスとしての要素も社会派としての要素も含まれているが、この作品の醍醐味はずばり、息もつかせぬアクションとセンス・オブ・ワンダーな見せ場の連続だ。

 とにかくオープニングからラストまで、全くもって無駄のないスピーディーな展開が見事。突っ込みどころも少なくないが、それを補って余りある見せ場に次ぐ見せ場の連続で、見る者を圧倒する。

 「明日なき世界の微かな希望」という、いかにもありがちなテーマを作品の拠り所にしてはいるが、しかしその反作用としての残酷描写・暴力描写にも一切手抜きがなく、いわゆる死亡フラグとやらも全く読めない。たとえ優しい善人であっても、これがこの世の現実だと言わんばかりに、情け容赦なくバタバタと殺されてゆく。

 ある意味、この情け容赦ない残酷性こそが、本作におけるリアリティーあるいは説得力としての大きな役割を果たしていると言っても過言ではない。

 そんな本作における白眉はやはり、ダイナミックかつ計算され尽くされたアクション・シーンの数々だ。徹底的なリアリズムで描かれたそれらのシーンはどれも圧巻で、特に終盤は戦争映画並みの銃弾砲弾の雨あられが、スクリーン狭しと容赦なく降り注ぐ。そしてそれを手持ちカメラのワンカット長回しで撮影しているシーンもあり、まるで本物の戦場ドキュメントを見ているかのような臨場感を覚える。この他にもワンカット長回しのアクション・シーンがいくつか出てくるが、実際には別々に撮ったカットのつなぎ目をCGで上手いこと処理して、ワンカットに見せているのだそうだが、CGの使い方や編集技術が実に巧妙なので、カットのつなぎ目や合成などにはまず気付かない。

 近年のハードSF作品としては、本作はニール・ブロムカンプ監督の『第9地区』(2009年)と並ぶ大傑作である。コアなSFファンにはもちろん、どちらかと言えばSFが苦手だという人にも是非お薦めしたい一本。SFというジャンルに対する印象がずいぶん変わるかもしれない。

 

(2015年3月10日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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