第115回『牢獄処刑人』

仕事か家庭か……男の選択に逃げ場なし!!

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『牢獄処刑人』
(On the Job)
2013年:フィリピン
監督:エリック・マッティ


 服役中の人間に殺しをさせる。それも塀の中ではなく、シャバにいるターゲットを殺させる。買収した看守たちの協力を得て、一時的に殺し屋をシャバへ放ち、仕事をさせた後は一日だけシャバの空気を満喫させて、すみやかにまた塀の中へ戻す。当然、シャバの人間よりは足が付きにくい。

 そして自由が当たり前の人間よりも、囚人の方が何かと雇い主もコントロールしやすい(限られた自由の中で暮らす囚人は、カネ以上の余分なものを望まないからだ)。劇中では報酬の額には触れられていないが、おそらくシャバの人間を使うよりは安く済むに違いない。

 なんとまぁ映画的な面白さを持った大胆な設定だろう、と感心していたら、驚いたことに実話を元にしているのだそうだ(どこからどこまでが実話に基づいているかは分からないが)。

 主人公のタタンはベテラン牢獄処刑人。服役期間も長く、囚人としての顔も利く。彼は今日も出稼ぎのためにシャバへ。最近は新人のダニエルも一緒だ。基本的にはターゲットの至近距離まで近づいて胸に一発、そして倒れたところで頭にトドメの一発をお見舞いする。決して無駄撃ちせず、たとえターゲットが女であっても躊躇することなく冷静に仕事を済ませ、足早にその場を立ち去るだけ。

 彼がこんな血生臭い仕事を長年続けてきたのはずばりカネのためだが、実はそれは家族を養うためのカネだ。仕事の後は一日だけシャバでの自由が許されているので、彼は必ず妻と娘が待つ我が家へ立ち寄る(家族には外国へ出稼ぎに行っていると嘘をついている)。

 そんなタタンにも、ようやく出所の日が近付いていた。これでやっと本当の自由が手に入る。家族水入らずの幸せが待っている。

 しかしムショ出の中年男が社会で真っ当な仕事に就くことは、実際問題かなり困難だ。なんせ彼に出来るのは殺しくらいなのだ。タタンは出所後も殺し屋として働きたいと雇い主に訴えるが、そもそもシャバの人間は何かと面倒だから、わざわざ囚人を使っているのである。いくら腕の良いベテランでも、出所すれば用済みというわけだ。

 雇い主はダニエルを後任に選ぶと言い、出所までに彼にノウハウを叩き込むようタタンに指示する。いくらベテランのタタンでも、組織の意向には逆らえない。

 彼は複雑な思いのまま、ダニエルに実践でノウハウを叩き込んでゆく。最初は何かとタタンの足を引っ張るダニエルだったが、次第に殺し屋としてのスキルを上げてゆき、タタンが足を怪我して仕事が出来なくなったのを境に、仕事は全てダニエルに回されるようになってしまう。

 ダニエルは今でもタタンのことを慕っているようだが、タタンは過去に、自分に殺しのスキルを教えた男を組織の命令で殺していた。殺された男は組織を裏切ったという話だったが、タタンは次第に疑心暗鬼に陥り、ダニエルを信用することが出来なくなっていく。もしかしたら、用済みの自分も同じように消される運命にあるのではないか、と。そしてとうとう、出所の日がやって来る……。

 本作はこの主人公タタンのビターな殺し屋生活を描く一方で、地元のベテラン刑事アコスタと、連邦警察の若手エリート捜査官コロネルの二人が、タタンが関わった銃撃事件を追ううちに、次第に警察組織と軍部が絡んだ政界の闇に足を踏み入れてしまう、というポリティカル・サスペンスが大きな背景として描かれるが、これは正直ちょっと蛇足かとも思える。

 決して脚本が悪いわけではなく、話も上手くまとまっているのだが、ありがちな巨悪云々のポリティカル・サスペンスの要素よりも、世知辛い生活感溢れる「殺し屋はつらいよ」話の一点に集中して描いてもよかったんじゃないかという気がする。つまり、ストーリー自体をもっと主人公のタタン目線に絞って、組織はただ主人公にとっての逆らえないものとしてだけ存在させた方が、よりタイトにキリッと引き締まった殺し屋映画になったんじゃなかろうか。

 とはいえ、中年の殺し屋のビターな哀愁を描いた作品としては素晴らしい出来だ。仕事のシーンに関しては、大仰な演出が一切なく、どこまでも燻し銀のリアリティーにこだわっている。ベテランのタタンが躊躇なくニ、三発でターゲットを仕留めるストイックなかっこよさは、殺し屋映画の仕事シーンとしては完璧だ。そしてその仕事のかっこよさとは裏腹に、家庭ではかなり肩身の狭い思いをしているタタンの、まさに「男はつらいよ」なこの悲哀感がまた何とも言えず、グッと胸に迫るものがある。

 せっかく家族のために身を削って働いているのに、家にたまにしか帰れないがために、いつのまにやら娘の心は自分から離れ、妻はこっそり別の男を作っている。そして彼が出来る唯一の仕事も、もう少しでリストラになってしまう。いくら組織のために頑張っても、結局は使われる身、いくらでも替えの利く捨て駒でしかないのである。

 本作は殺し屋が主人公の犯罪映画ではあるが、仕事も家庭も全て失いそうになっている中年男の話(つまりはミドルエイジ・クライシスの話)として見れば、世の働く中年男性にとっても、色々と身に詰まされるリアリティーがあるのではなかろうか。

 タタンの仕事と家庭のそれぞれに対するケジメのつけ方は、特に定年を前にした所帯持ちの男には、他人事とは思えない部分がきっとあるはずだ。仕事も家庭も全て失いそうになったタタンの最後の選択は、見ていてかなり複雑な気持ちにさせられるが、別に殺し屋でなくとも、男にはこういう選択をせざるを得ない人生というものがあるのかもしれない。

 以前見た『THE ICEMAN 氷の処刑人』(2012年)という作品でも、やはり家族に黙って殺し屋稼業を営む男が、仕事と家庭の両立に苦しむ様が描かれていたが(なんと、この作品も実話だ)、人の一生には、「手に入れられる幸せ」よりも「捨てざるを得ない幸せ」の方が圧倒的に多いんじゃなかろうか、と今作を見て改めてそう思う。
 

(2014年12月1日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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