第114回『クラウド アトラス』

自由を我等に

img_20231228-121517.jpg
『クラウド アトラス』
(Cloud Atlas)
2011年:アメリカ
監督:ラナ&アンディ・ウォシャウスキー、トム・ティクヴァ



  昨日は事実、今日は存在、明日は希望

                 JAGATARA『都市生活者の夜』


 本作は、六つの時代(1849年、1931年、1973年、2012年、2144年、2321年)に繰り広げられるそれぞれのストーリーを同時進行させながら、それらを主要な登場人物たちの「生まれ変わり」や、「書物」「手紙」「映画」「音楽」といった時を超えるアイテムによってシンクロさせてゆく。……なんて書くと、ずいぶんとややこしい作品に思われるかもしれないが、各々のストーリー自体は至ってシンプルで、全編に渡ってかなり親切丁寧な構成・編集が為されているので、決して難解な作品というわけではない。以下、それぞれのストーリーを簡単に紹介。

 



1849年 (ラナ&アンディ・ウォシャウスキー監督が担当)

 奴隷売買に携わる白人青年ユーイングは、彼が乗る船に密航した逃亡奴隷の黒人青年オトゥアの命を助ける。二人の間に友情が芽生え、ユーイングは次第に奴隷制に対する反発心を募らせてゆく。

 



1931年 (トム・ティクヴァ監督が担当)

 同性愛者の青年音楽家フロビシャーは、大物作曲家エアズに自身の才能を売り込むが、フロビシャーがかつて男娼であったことを恐喝のネタに、エアズはフロビシャーから自由を奪い、若さに満ちた彼の才能を利用して、その全てを自分の手柄にしようとする。が、フロビシャーは己の「芸術への信念」と「人間としての自由」を命懸けで貫く。


※フロビシャーが作曲する「クラウド アトラス六重奏」が、
 本作のテーマを司る通奏低音になっている。

※フロビシャーは、①のユーイングが書いた「航海日記」を読んでいる。

※エアズは、⑤に出てくる未来都市のレストランを夢で見る。

 



1973年 (トム・ティクヴァ監督が担当)

 1931年のエピソードでフロビシャーの恋人であったシックススミスは、その42年後、物理学者になっていた。石油企業の利権を守るために、原発事故を引き起こそうと企む者たちがいることを知った彼は、この陰謀に携わる人間たちが闇に葬り去ろうとしているある「報告書」を、女性記者ルイサに託し、事の真相を世間に公表しようとする。が、これは彼の想像を遥かに上回る危険な行為であった。シックススミスは暗殺され、ルイサの身にも危険が迫る。


※ルイサは、②でフロビシャーとシックススミスの
 間に交わされた「手紙」を読んでいる。

 



2012年 (トム・ティクヴァ監督が担当)

 年老いた編集者カベンディッシュは、彼を厄介払いしようとする兄にハメられ、醜悪な老人ホームに入れられてしまう。実質的には監禁状態で、あくどい看護婦による体罰が日常化している。まさに踏んだり蹴ったりな状況だが、彼は老人の有志数名と脱出計画を実行する。

 本作中、最もコメディー色の濃いエピソードだ。

 



2144年 (ラナ&アンディ・ウォシャウスキー監督が担当)

 舞台は全体主義的な国家に統治された未来都市<ネオ・ソウル>。ここでは、遺伝子操作で作られた「複製種」と呼ばれるクローン人間たちが、「純血種」と呼ばれる人間たちに隷属的に奉仕させられている(つまりは①の時代の奴隷制と同じシステムだ)。女型の「複製種」ソンミ451もまた、レストランのウェイトレスとして、隷属的な奉仕に従事する日々を送っていた。

 毎日決まった時間に起こされ、女給の仕事をこなし、「ソープ」と呼ばれる栄養ドリンクを飲まされ、後はまた決まった時間に眠りに就かされるだけ……まさに「純血種」に奉仕するためだけの奴隷としての毎日だ。しかしそんな彼女の前に、ある日突然レジスタンスの勇士が現れ、彼女は奴隷解放の先駆的シンボルとして、この国家の実態を世界中へ知らしめるための戦いへと巻き込まれてゆく。


※ソンミは、④のカベンディッシュの体験が映画化されたものを見て、
 初めて「自由」への意識に目覚める。

※④で使われる『ソイレント・グリーン』(1973年)のギャグが、
 そのままこの時代のキーポイントにつながっている。

 



2321年 (ラナ&アンディ・ウォシャウスキー監督が担当)

 舞台は文明崩壊後の未来。ある島で原始的な生活を送るザックリーは、人食い族の襲撃を恐れながらも、村の人々と日々慎ましく暮らしていた。ある日、「昔の人」の高度な科学技術を維持して生きている種族(この島の人々とは交易関係にある)の女メロニムが村を訪れる。彼女は、この島の人間が「悪魔の山」と呼んで近付こうとしない山の頂にある、巨大な「遺跡」へのガイドを探していた。そして彼女は、山への道に詳しいザックリーにガイドを依頼する。


※この時代、人々の間では、⑤のソンミが
 救世主的な女神として崇められている。

※ザックリーは、本作で描かれる全時代を通しての、
 フラッシュバック的な夢を見る。

 




 上記六つのエピソードが、ランダムに交差しながら同時進行してゆく。「ヒューマン・ドラマ」「サスペンス」「コメディー」「SF」と、各ストーリーのタッチはバラバラだが、いずれも「輪廻転生」とそれを貫く「不変の愛」を軸に、それぞれの時代の主人公たちが厳しい苦難を乗り越え、人間としての尊厳と自由を手に入れようと奮闘する様を描いた娯楽大作だ。

 どのエピソードも、主人公たちが何らかの権威・権力に立ち向かい、また同時に、「不変の愛」を手に入れる(あるいは護り抜く)というロマンスも描かれる(主人公たちの肉体的な共通点として、体のどこかに必ず「ほうき星」のあざがある)。

 監督が二手に分かれている上に、各エピソードのジャンルもバラバラなのだが、しかしそれでいながら全体的な統一感は見事に保たれており、まるで一人の映画監督が撮ったかのような仕上がりになっている。一本の映画作品としてのバランスの維持は完璧だと言える。

 一つのエピソードの中の細かな台詞やアイテムが、別のエピソードへとつながる伏線になっており、そういった細かな仕掛けが(つまりは、時代背景も描くタッチもバラバラな各エピソードに少しずつ関連性を持たせることが)、先述した統一感につながっているのだろう。

 また、主演のトム・ハンクス、ハル・ベリーの二人をはじめ、各エピソードの主要キャストが、時代を超えて何度も何度も別の役で現れる(つまり最大で一人六役)。

 この「生まれ変わり」は、性別や人種、肩書き、階級、あるいは善人か悪人かという立ち位置までもが全く異なる。何気なく見ていると、誰が誰だか分からなくなるくらい手が込んでいるのだが(特殊メイクの出来が凄い)、エンドクレジットでは、「この人はこんな役もやってましたよ」と丁寧に映像で見せてくれる(老け役と異性の役に関しては、本当に誰が誰だか見分けがつかない)。

 ④と⑤をつなぐ『ソイレント・グリーン』ネタなんかもそうだが、遊び心の利いた伏線が随所に見られるのも面白い。

 ③のエピソードで、ハル・ベリー演じるジャーナリストから「あんたなんか窓から突き落としてやりたいわ」と言われた性格の悪いミュージシャンの男(たぶんアリスター・ペトリという役者)が、④のエピソードでは高慢な書評家として登場し、ものの見事にバルコニーから突き落とされる。

 ここで突き落とすのはハル・ベリーではなくトム・ハンクスだが、本作において、基本的に全時代を通してハル・ベリーとトム・ハンクスは互いに惹かれ合う役どころを演じており、④のエピソードにおいても、直接的なつながりはないが、パーティー会場で不良作家役のトム・ハンクスに、パーティー客役のハル・ベリーが魅惑的な視線を送るシーンがある(トム・ハンクスも一瞬だけその視線を気にする素振りを見せる)。

 つまり、ある時代にハル・ベリーを不快にさせ、「窓から突き落としてやりたい」と思わせた男が、別の時代に、ハル・ベリーの時空を超えた恋人役であるトム・ハンクスに、実際にバルコニーから突き落とされるというのは、これはかなり狙った演出なんじゃないかと思う(時空を超えた因果応報をギャグっぽく見せたという感じか)。

 時にシリアス、時にコミカル、はたまた手に汗握るアクションや、巧妙に張り巡らされた伏線を使った見事なサスペンスを経て、時代は変われど、人間の尊厳や自由や愛は永久不変のものである、というヒューマン・ドラマに帰結させる。

 よくよく考えてみれば、映画としてやっていることは根本的にはベタベタなのだが、それをここまで複雑な仕掛け満載でやってのけたのは、やはりお見事だと思う。決して実験映画みたいな自己満足的なややこしさはなく、あくまで普遍的なテーマに貫かれた娯楽作だ。

 どのエピソードも掛け値なしに面白いが、個人的に気に入っているのは、老人たちの脱走大作戦をコミカルに描いた④と、まんま『ソイレント・グリーン』(1973年)×『ブレードランナー』(1982年)な世界観を圧倒的な映像美で描いた⑤。どちらも90分~2時間くらいの独立した映画作品として見てみたい。

 構成が若干ややこしく思えるかもしれないが、世界観の説明も親切丁寧で分かりやすいので、特に予備知識も必要なく楽しめる作品ではないかと思う。コアな映画ファンでなくとも、「ちょっと変わり種のSF映画が見たいなぁ」という人にはお薦めの一本。

 

(2014年11月24日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数