第108回『県警対組織暴力』

悪党 対 外道/仁義なきバトル・ロワイアル

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『県警対組織暴力』
1975年:日本
監督:深作欣二


 「極道じゃ警察官じゃ言うて変わりゃあせんよ。仁義の代わりに法律が物言うとるだけでぇ。中身言うたらよぉ、皆ぃ~んな就職にあぶれた売れ残りじゃけぇ……」

 本作は、ヤクザも警察も結局は同じ社会のあぶれ者である、ということをストレートにえぐり出し、さらには、己の手を汚さずに甘い汁だけを吸って生きる権力上層部の醜態を徹底的に暴き出す、監督・深作欣二、脚本・笠原和夫の「仁義なき」黄金コンビによる社会派暴力映画の傑作だ。

 舞台は西日本の架空の都市「倉島市」。この土地では長きに渡り、大原組と川手組の二大組織による抗争が続いている。所轄の刑事・久能(菅原文太)は、この血生臭い土地にあって、ヤクザとの癒着や様々な裏工作も辞さない悪徳刑事だ。己の知恵と暴力をフルに活用し、血と欲望にまみれたこの土地でのハードな日々を生き抜いている(彼以外の刑事も皆ほとんどがヤクザとのつながりを持っているが、そうしないとこの土地では生きていけないのだ)。

 しかしそんな彼も、根っから欲得尽くの悪人というわけではない。むしろ昔かたぎの「男気」を持った任侠肌の男なのだ。久能は大原組の若頭・広谷(松方弘樹)の男心に惚れており、何かと彼をバックアップし、ヤクザ社会で大物になって欲しいと切に願っている。

 そんな中、大原組と川手組の抗争がさらに激化し、それに対応しきれなくなった警察の無能さが市民に糾弾され始めると、警察は自分たちの面子を保つために、県警のエリート警部補・海田(梅宮辰夫)を所轄に送り込んでくる(実はこの海田の介入は、川出組のバックに付いている権力上層部の人間たちの企みでもあった)。海田はさっそく警官とヤクザの癒着を根絶するよう所轄の署員たちに要求。久能たちベテラン刑事はこれに反発するが、海田は強引なやり方で彼らベテラン刑事を追いつめてゆく。そして久能たちとつながりの強かった大原組の形勢も不利になり、対する川手組とそれをバックアップする悪徳政治家や悪徳企業が、これを絶好の機とばかりに大原組を潰しにかかる。

 久能はこの形勢を立て直すために必死に立ち回るが、しかし状況が悪化してゆくにつれ、固い友情で結ばれていたはずの広谷との仲にも、徐々にヒビが入り始める……。

 警察もヤクザも政治家も、本作に出てくる人間は皆が皆、人の生き血を啜って生きる悪党ばかりだ。しかし傍目には同じ悪党であっても、久能や広谷が昔かたぎの一本筋の通った悪党であるのに対し、経済ヤクザの川手(成田三樹夫)や悪徳議員の友安(金子信雄)、そして一見、清廉潔白でありながら、最後はちゃっかりヤクザ企業に天下りする海田などは、「戦後の価値観」で生きる(つまりは欲得尽くで要領のいい)悪党として描き分けられている。

 男の矜持を貫いたばかりに、最後は憐れに滅んでゆく久能と広谷。反して川手や友安や海田たちは、自らの手を直接は汚さずに甘い汁だけを吸って、のうのうと生き続ける。『仁義なき戦い』シリーズ(1973~74年)でも散々描かれてきた、まさに「正直者が馬鹿を見る」この世の不条理を、本作においてもストレートに暴き出している。

 白眉はやはり、脚本家・笠原和夫による研ぎ澄まされた名台詞の数々だろう。九州地方の粗暴なヤクザ言葉でもって、バシッ、バシッ、とスクリーンに叩きつけられるこの血まみれ泥まみれの言霊の数々には、この世の不条理と人間であることの因果を強く感じさせる重量感がある。『仁義なき戦い』シリーズにおいて試行錯誤がくり返され、日々研ぎ澄まされてきたこの独自性の強いスタイルの台詞が、本作においてはさらに研ぎ澄まされ、暴力と思想と社会性が渾然一体となった「言葉の銃弾」として、スクリーンに真っ赤な風穴を開ける。

 「海田さん、あんた年なんぼない?」

 「31だが」

 「ほいじゃあ、ニッポンが戦争に負けた時は小学生じゃったのぉ。あん頃はのぉ、上は天皇陛下から下は赤ん坊まで、横流しの闇米喰ろうて生きとったんでぇ。あんたもその米で育ったんじゃろうがぁ、おぅ? きれい面して法の番人じゃなんじゃ言うんじゃったら、18年前ワレが犯した罪、清算してからウマイ飯喰うてみいやッ!!」

 戦争が終わった途端にあっさりと手のひらを返した大人たちへの呪詛と、そんな狡猾な大人たちにすり寄って(あるいは上手く利用して)生きる戦後世代の欲得尽くのニュータイプたちへの怒りが見事に集約された名台詞だ。『仁義なき』シリーズから続く深作・笠原コンビの思想の根幹は、やはりここにあると言えるだろう(本作だと久能=笠原、広谷=深作という印象が強い)。

 華やかな高度経済成長の裏側で、まだまだ暗い「戦後」を引きずっていた日本の闇に生きる悪党たちの血と暴力と権力の寓話。アスファルトで塗り固められた戦後日本の「平和」の下には、未だに焼け焦げた土地と無数の死体が埋まっているのだ、ということを思い知らされる一本である。

 

(2014年8月6日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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