第103回『新しき世界』

血で血を洗う哀しき世界

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『新しき世界』
(신세계)
2013年:韓国
監督:パク・フンジョン


 男臭いハードボイルド/ノワール作品が大好きな自分にとって、本作はもうドツボもドツボ。前回ご紹介した『インファナル・アフェア』シリーズ(2002年~2003年)からも多大な影響を受けているであろう、韓国産ノワールの大傑作だ。監督は『悪魔を見た』(2010年)などで脚本を担当したパク・フンジョン。監督作としては『血闘』(2011年)に続く2本目だそうだ。

 企業化され、表社会でも堂々と経営の幅を広げている韓国最大の犯罪組織「ゴールド・ムーン」。主人公のジャソン(イ・ジョンジェ)は、この組織で8年間も危険な潜入捜査を続けている警官で、今は組織の実質的なNo.2であるチョン・チョン(ファン・ジョンミン)の右腕にまでなっている。

 ジャソンの潜入捜査官としての正体を知っているのは、警察庁のカン課長(チェ・ミンシク)、コ局長(チュ・ジンモ)、そして連絡係の女性捜査官シヌ(ソン・ジヒョ)の3人のみ。この8年にも渡る危険な潜入捜査のために、ジャソンの精神状態はボロボロになっており、彼は今すぐにでもこの危険過ぎる任務を辞め、表の世界に戻りたいと切に願っている。しかしカン課長は非情にもジャソンの願いを一蹴し、脅しにも近い形でこの危険な任務を続行するよう促すばかりだ。

 そんなある日、「ゴールド・ムーン」の会長が急死する(表向きは事故死だが、明らかに何者かによる暗殺である)。組織はすぐさま後任となる新たな会長を選出しなければならなくなった。候補は実質的No.2であるチョン・チョン、そして彼と犬猿の仲であるNo.3のジュング(パク・ソンウン)。会長の死により、組織内のパワーバランスが崩れるのは明らかだ。これを絶好の機と見たカンは、ジャソンを使って「新世界プロジェクト」という、かねてよりの腹案を決行することに。それは国内最大の犯罪組織を、警察側が完全にコントロールするためのとんでもない作戦であった。この後、物語は思いもよらぬ展開を見せながら、衝撃のラストへ向かって疾走してゆく。

 マフィアもの、あるいは潜入捜査官ものとしては、既に使い古された素材ばかりを集めた作品ではあるが、しかし本作はその使い古された素材の組み合わせ方、ストーリーの展開のさせ方が見事で、過去に作られた多くの同系列作品と同じテイストを持ちながらも、ラストでまさかまさかの新技(というか、かなり高度な荒技)を見せてくれる。

 私は劇場で2回ほど見たのだが、初見の際は正直、ハードコアな作品の多い韓流ノワールにあって、本作はちょっとマイルド過ぎるかなぁ、という印象があった。しかし改めて見てみると、静謐かつ手堅い演出の中で描かれる「男たちの世界の無慈悲さ」には、他作品に負けず劣らずの凄みがあり、特に暴力描写に関しては、やっていること自体はかなりハードだが、その見せ方(直接的な描写を巧みに避ける技術)が見事であることが分かる。結果、本作は暴力描写が多い割には、日本公開時の規制は「PG-12」に留められている(見せ方によっては間違いなく「R-15」領域の内容だ)。

 暴力描写では特に、エレベーター内での4対1の出刃包丁による殺し合いのシーンが強烈だ。エレベーターという極端に狭苦しい密室で、ここまで凄まじい大立ち回りを映像に出来る手腕は本当に驚く。血みどろになって激しく殺し合う男たちを、俯瞰から激しくグルッ、グルッ、とカメラを半回転また半回転させながら撮る描写のこの見事さ。過去にも幾度となくこの手のエレベーター内でのアクション・シーンを見て来たが、本作のものは今まで見てきた中でも最上級だと言える。

 しかし何といってもやはり、本作の最大の見所は、主人公ジャソンと彼の兄貴分チョン・チョンによる「男どうしのドラマ」だろう。同じ華僑(中国系)出身である二人のブロマンス的な信頼感の描き方はベタベタなものではあるが、これまた見せ方がすこぶる秀逸なのだ。

 仕事上は「兄貴分と弟分」という形ではあるが、実質的にはほとんどイーブンな関係性と言える。ジャソンはあくまで潜入捜査官の身であるので、あまりベタベタした馴れ合い感を表には出さないが、対するチョン・チョンはもうジャソンのことが好きで好きで堪らないといった感じで、悪人でありながらここまで魅力的なキャラは久しぶりに見た。口は悪いし態度も横柄だし、自分の「敵」に対してはどこまでも残虐非道であるが、それでいてどこまでも人間臭い魅力が全開なのだ。

 この実に魅力的なチョン・チョンが、『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973年)に出てくる大友(演じるは千葉真一)に似ているという意見もあるようだが、私としては、チョン・チョンの「アナーキーなはみ出し者でありながらも、その実は人一倍情に厚い」というキャラは、同じ千葉真一が『沖繩やくざ戦争』(1976年)で演じた国頭の方に近いんじゃないかと思う。特に「情に厚い」という点が、同じアナーキー肌のヤクザではあっても、大友と国頭の似て非なる大きな点ではなかろうか。そしてこの国頭と彼の弟分である中里(演じるは松方弘樹)の関係性が、そのまま本作におけるチョン・チョンとジャソンの関係性に見えてくる……と言ったら言い過ぎだろうか。

 先にも書いたとおり、ジャソンはあくまで潜入捜査官であるので、本来的にはチョン・チョンは「敵」になるわけだが、しかしこの手の潜入捜査官もののある意味「お決まり」と言える、犯罪組織のボスあるいは兄貴分に対して主人公の情が移ってしまうという状況を、本作でもそのまま踏襲している。中盤、ジャソンの「情の移り具合」を最も端的に表現したシーンがある。それは急発進した車がチョン・チョンを跳ねようかという時、ジャソンが無意識的に己の身を呈してチョン・チョンを守ろうとするというもの。ジャソンのこの行動にチョン・チョンは「ブラザー、今のはかっこよかったなぁ」なんておどけてみせつつ、内心大喜びといった感じを隠せない。ジャソンのチョン・チョンへの「情の移り具合」を最も端的に表現するためのシーンとして、これ以上のものはない。

 他のメインキャラでは、名優チェ・ミンシク演じるカン課長も、これまた実に渋いイイ味を出している。前回ご紹介した『インファナル・アフェアⅡ』(2003年)に出てきたウォン警部(演じるはアンソニー・ウォン)と同じく、「敵」を潰すためならどんな手段も厭わない冷酷無比な鬼刑事で、「これが俺の仕事だ」と言ってはジャソンをはじめとする部下たちに危険過ぎる任務ばかりを強要する。しかしながら、彼も生まれついての「鬼」ではなく、彼自身の立場の苦しみというものは、やはり彼自身にしか理解出来ないのである。

 このことは、コ局長と2人で飲んでいるシーンから分かる。まさに「仕事の鬼」と化したカンも、もはや自分の仕事(立場)が限界に来ていることを察しており、この飲みの席で「引退したい」ということを願い出るのだ。このシーンから、カンが出世やカネのためにこの「汚れ仕事」を率先してやっているわけではないということも分かる。

 そしてカンにもちゃんとした人間味があるということは、連絡係であるシヌとの関係性においてしっかりと描かれている。長らくヘビースモーカーだったカンが、部下であるシヌの言うことを聞いて禁煙するというシーンからも、このことは明らかだ。

 マフィアもの、潜入捜査官ものとしてのベタなテイストを踏襲しつつも、そこにありそうでなかった斬新なラストを持って来た見事なストーリー展開。情け容赦ないエグさ全開でありながら、直接的な表現を巧みに回避し、同時にアクションとしてのかっこよさも存分に味わえるクールな暴力描写。効率的な状況説明と映像的なスタイリッシュさを兼ね備えた映像技術・編集技術の妙味。そして哀愁に満ち溢れた魅力的な人間ドラマ。本作はそのどれをとっても一級品の大傑作である。

 

(2014年6月2日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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