NOVEL

剣の国の黒猫
42) 鉄の塊りが闇夜を駆る

 鉄の塊りが闇夜を駆る。
 唸りを上げ、煙を吐き、力の限りひたすらに白き巨道(レール)を疾走していた。
 ダンプに繋がれた五台の車両には、落ちそうなほどの人が詰め込れ、屋根の上にもギッチリと鎧兜をつけた軍人がひしめいている。絶対的な強度を誇っていたはずのバイスレイトでさえ、非常識な車両の重みにギリギリと悲鳴を上げる。
 作戦会議はその先頭車両で行われていた。
 軍の各隊を束ねる隊長が小さなテーブルを囲むように立ち、その中にはゼクス領の領主やガラムの姿も見えた。
 その竜馬ですら尻尾を巻いて逃げだしそうな戦士達を束ねるのが将軍、つまりフェイだった。

「おほん。で、では、これより作戦を展開する」

 緊張した面持ちでそう告げると、フェイの右からエルカが進み出たが、その顔には緊張も気負いも無い。
 流石エルカだと思うと同時に、臨時参謀を引き受けてくれたことをフェイは心から感謝した。
 エルカはテーブルに広げられた地図を指差し、淡々と述べる。

「おそらく敵は戦力を分散せず、ゼクス領の西門を突破しようとするはずだ。これにゼクスの衛視たちが応戦するだろうが、人数差から考えると我々が着くまではおそらく保たないだろう」

 フェイと、フェイの左に控えていたコノハの顔が悲痛に歪む。
 明るいクロフの笑い顔と、幸せそうなレンファの顔が脳裏にハッキリと浮かんだからだ。

(大丈夫。あのクロフが、こんなところで死ぬはずが無い)

 フェイは心の中で自分に言い聞かせ、動揺を隠す。
 将軍の仕事とは、自信に満ちた顔してふんぞり返っている事だと、エルカに言われたばかりなのだ。

「もし西門が無事だった場合、その背後から強襲する。しかし、既に門が破られ、領内に侵入されている場合はこのダンプごとゼクス領に突入し、各部隊をさらに5人ずつの小隊に分け、領内に散っている敵を掃討する。ここまでは良いか?」
「参謀、よろしいでしょうか?」

 手を上げたのは隊長の一人だ。髭に白髪が混じっており、人生経験の豊富さが伺える。
 それゆえか、エルカに対する不信感がちらほらと見て取れる表情を浮かべていた。

「5人に分散など、それがしには下策に思えます。100人の通常分隊による各個撃破が上策かと存じますが」
「ふむ、もしこれが奴らとの総力戦なら、あなたの言う通りだろう……しかし、敵の狙いはシュバート国への警告、王が要求を飲まなかった事への制裁だ。おそらく軍との消耗戦は避け、犠牲が出る前に退却するだろう。だから我々の目的は一刻も早くゼクスに着き、被害を最小限に抑えることにある。危険でも戦力を分散させ、一人でも多くの領民を救助する必要だあるのだ」
「……む」

 若輩者の発するとは思えない威厳、そして的確な戦略眼に、質問をした隊長は押し黙り、他の隊長もエルカを見る目を変えた。
 新しい将軍や参謀など士気高揚の飾りぐらいに思っていたのだろうが、たったひとつの問答で納得させてしまったのだ。
 少し後ろでふんぞり返っていたフェイは、その頼もしさに緩む頬を引き締めるので必死だった。

「では、他に質問は無いか?」

 再度エルカが尋ねると、次いで手を上げたのは、ずっと沈黙を守っていたゼクス領主ラドクリフ公だ。
 この時ばかりはエルカの顔にも、一瞬の不安が落ちた。

「父――いえ、ラドクリフ公爵、なにか作戦に疑問でも?」

 フェイも詳しく聞いたわけではない。しかし、エルカが家を出たの原因が父であるラドクリフ公爵にある事は疑いようも無かった。
 ひょっとすると、それは劣等感かもしれない。
 顔を曇らせたエルカに、領主は小さく首を振った。

「作戦に何も問題は無い。ただ、敵の大将――ウィシャがでたら絶対に手を出すな。作戦が全て崩れるぞ」
「……それはどういう意味でしょう?」
「言葉通りだ。ヤツと戦ってはならぬ。ウィシャを、人間と思うな」

 領主の顔が真剣のものに変わり、その目は冗談を言っているようには思えなかった。
 同じように真剣な面持ちのガラムが一歩進み、領主の言葉を補う。

「領主公の言う通り、ウィシャは正真正銘の化け物です。元は我ら砂漠の民と将軍と同じ流民の混血児で、砂漠の小さな部落で暮らしておりました。しかし、その竜のような怪力を恐れた人々が、部落を追い出し、やがてはゴルゴンなる無法集団を作ってしまいました」

 ガラムが浮かべる苦渋の顔は、砂漠の長でありながら、みすみすゴルゴンを生んでしまった後悔だろうか。
 エルカは普段とは違う領主やガラムの態度に戸惑いながら、それでも威厳を持って意見する。

「しかし、いかな強靭な人間とはいえ、たった一人。それを恐れながら作戦をしては士気が――」
「黙れ!」

 領主がエルカを一喝し、有無を言わさぬ声で息子に告げる。

「ウィシャに遭遇したら何があっても逃げろ。そして、このラドクリフ公を呼べ。あれは、わしが止める」

 腕を組み沈黙した領主の目には、凄まじいまでの覚悟が見て取れる。
 その父の姿にエルカは小さく唇を噛み、やがて悔しそうに頷いた。



 クロフは西門の上にいた。
 明らんできた東の空に背を向け、西の地平線を一心に睨む。
 来るな、来るなと祈りながら……

 ゼクス領は南北を険しい鉱山に挟まれた、守るに易い地形だ。
 もし砂漠側から攻めるなら、西側の門さえしっかりと守っていればそれだけで事足りる。
 だが、逆に言うと西門が破られれば――あとは無防備な町並みが広がるのみなのだ。
 つまりここは絶対に死守しなくてはならない、文字通り最後の砦である。

「来たぞ! ゴルゴンだっ!」

 望遠鏡を持っていた監視役の衛視が叫んだ。
 クロフが目を凝らすと、巨道の上に黒いシミのようなものが見える。
 ゴルゴンの第一陣はバイスアルムの真中を堂々と歩いてきたのだ。

「弓を持て! 絶対にここを通すなっ!」

 門上の衛視達を率いて指揮を取っているのは親衛隊員のアズマである。顔の青アザはすっかり取れ、その精悍な声で的確に指示を出していた。
 昨夜、砂漠の民から「ゴルゴンが来る」と情報が入るやアズマは全衛視に招集をかけ、西門上に一晩陣取っていたのだ。クロフたちを尻目に若くして親衛隊に加わった実力は本物だった。

――レンファ

 クロフは奥歯を噛み締め、守りたい人の顔を強く心に描く。
 だが、目の前に近づくのは数千を超える賊の群れだ。一方、こちらは500足らず――突破されるのは時間の問題である。
 それでも退く訳にはいかない。
 守るべきものが、このすぐ後ろに広がっているのだ。

「一斉射撃用意!」

 アズマの号令が響き、クロフは手に持った弓を引き絞った。
 矢を人に向けて構えるのは初めての事で、指先が小刻みに震える。
 しかし、時間は待ってなどくれない。

「放てっ!」

 数百の矢が宙を舞った。
 飛距離と落下力を利用するため上空に向けて放たれた矢は、ゴルゴンの尖兵を何人か減らす事に成功する。だが、言い換えれば数千の内、ほんの数名を削っただけである。
 ゴルゴンの軍勢は怯むどころか低い雄叫びを上げ、果敢に突撃を開始した。

「第二射構え!」

 クロフは歯を食い縛って矢筒に手を突っ込むと、再び弓を引き絞る。

「新手だっ!」

 その時、監視役の悲痛な声が響いた。
 クロフがギョッとして地平線に目を向けると、そこに見えたのは、数百の騎馬が巻き上げる土煙だったのだ。

――だめだ、破られる

 クロフは第二射を放ったものの、それがほとんど効果の無いことを見て、半ば絶望しかけた。

「ちょっと待て! あの新手、なにか様子が変だぞ!」

 監視役の言葉にクロフはもう一度、土煙に向かって目を凝らす。
 確かに、敵の増援と思われた騎馬部隊は、門に迫っている賊達とは毛色が違っていた。個人ごとに自由に動き回る盗賊たちに比べ、明らかに動きが組織だっているのだ。
 しかし、あれはシュバート国の軍隊でも無い。シュバート国で騎馬を使うのは伝令と補給車のみ。それ以外で戦い難い騎馬を好んで使う部隊はなかったはずだ。
 騎馬を使うのは盗賊の一部と、そして砂漠の民。
 クロフはハッとして監視役のところへ走った。

「おい、ちょっと貸せっ!」

 クロフは監視役から望遠鏡を引っ手繰ると、新手の先頭に焦点を合わせる。
 騎兵隊の先頭を駆って来る人物は女だった。みごとな灰色の長い髪をなびかせ、その両手にはシャムシールが高々と掲げられている。
 フェイに聞いた砂漠の長、ディアナの姿にピタリと当てはまる。

「間違いない、あれは砂漠の民だ! 新手は砂漠の民が加勢にきたぞっ!」

 クロフの叫びは、たちまちの衛視たちの顔に生気を呼び戻す。
 アズマは第4射を命じると、戦況をじっと見つめ、剣を抜き高らかに叫んだ。

「門を開けろ! 挟撃を開始する!」


 挟撃された賊は戦意を喪失したのか、戦いらしい戦いすらせずに蜘蛛の子を散らすように退却していった。
 西門の前は、初戦の勝利に喜ぶ衛視と砂漠の民で沸き返る。
 先頭に立って突撃したアズマもバイスレイトの真っ白な兜を脱ぎ、その額に浮かんだ汗を拭うと、ふうと肩を落とした。そこへ、一頭の一角馬が近づく。
 アズマが目を上げると、ディアナが手綱も握らずに一角馬を操っていた。
 アズマは膝を着き、感謝と敬意を表す。

「砂漠の長、助かりました」
「ディアナでいいよ。それよりあんたがこの門の指揮官ね? よく門を出てきたじゃない。その判断力は誉めてあげるわ」
「あ、ありがとうございます」
「さて、さっきのは敵の先鋒、本隊が来るのは次よ。ここを守りきって、もうすぐ戻ってくるあんたらの領主様を驚かしてやりな」

 ディアナは悪戯をする子供のような笑みを見せると、アズマは真っ赤になって頷いた。
 だが次の瞬間、監視役の発した叫び声にアズマの顔は一気に引き締められる事になる。

「――ゴルゴンの第二陣、見えました!」

 門の上からの声に、アズマは兜をかぶり直し叫び返す。

「敵は何人だ!」
「4千……いえ、さっき逃げた賊も合流してます。敵、およそ5千!」
「やはり本隊か」

 アズマは舌打ちして、門の上に引き返すよう衛視達に号令をかけようとした時だった。

「あ、敵が止まりました……あ、いえ、一人だけこっちに歩いてきます」
「一人だと? 使者か?」

 アズマは首を捻ったが、その言葉を聞いたディアナは慌てて馬首を巡らし、その歩いてくる男の方へぎゅっと目を細める。
 突然、ディアナの目が見開かれ、馬上に立ち上がった。

「ウィシャだ! 全員町に入って散れ! 急げっ!」

 その顔には先ほどの余裕の笑みは微塵も無く、顔は一瞬のうちに蒼白になっていた。

「ディアナ殿、一体なにを? 相手は一人です。あれがゴルゴンの頭だと言うなら、ここで討ち取れば――」
「黙れ! そうやって砂漠の民は何度も、何度も住む場所を失ったんだ! 迷っている暇は無い、急げっ!」

 ディアナの号令に砂漠の民は迷うことなく門をくぐり街中へ散っていく、ただ事では無い雰囲気に、遅れてアズマたちも門の内側へと駆け入る。

「門を閉じろ! 門の上にいる射手もすぐさま撤退しろ!」

 アズマに代わってディアナが指示を飛ばす。
 しかし、射手たちは命令を聞いてもいいものか困惑の顔を浮かべた。

「相手は一人だろ?」
「ああ。門が破られても無いのに、逃げ出せねえよな」
「だよな。ここを破られたら終わりなんだ」

 誰かがそう言うと、数十人いた射手は互いに頷き、門の外へと弓を構えた。
 その男はゆっくりと歩いている割に、妙に早い。
 手に巨大な、体よりも大きな鉄槌を持ち、苦もなくそれを引き摺りながら黙々と近づいていた。

「いくぞ……放てっ!」

 射手達はウィシャ目掛けて一斉射を開始した。が、男は一向に足を止める気配すらなく、真っ直ぐに突き進んでくる。
 なのに、当たらない。
 僅かにユラユラと揺れているだけなのに、数十本の矢がかすりもしないのだ。
 ウィシャの上半身は裸で、傷だらけの体を朝日に晒している。くすんだ革ズボンにみすぼらしく伸びきった黒い長髪は、盗賊団の長と言うよりは、まるでそこらの乞食か――あるいは幽鬼のようだ。
 慌てて二射目を用意する射手に向けて下から怒声が飛んできた。

「何をやっている! 退けっ! 門を捨てろ!」

 ディアナの声に弓隊はようやく重い腰を上げた――が、既に遅かった。

 門の前に立ったウィシャは、その巨大な鉄槌を子供が木の棒切れで遊ぶかのように振るう。すると分厚い門が紙のように破れ、無残にその姿を変えていった。それを見た途端、ディアナは舌打ちして全力で逃げ出す。
 その数秒後、門の裂け目からウィシャが無気力な顔で入ってきた。
 ちょうど門から降りたばかりの射手がその異様な姿を見て、うめき声のような悲鳴を上げる。

「……ば、化け物」

 その声にはじめてウィシャの目に殺気が灯る。
 にごった目で射手を見つめると、持っていた鉄槌を振り上げ――無言のまま投げつけた。
 ゼクス領自慢のバイスレイトの鎧など、何の意味もなさなかった。悲鳴を上げることさえできず、一瞬で骨まで潰される。
 動かなくなった衛視にウィシャは近づき、唯一無事だった矢筒から矢をごっそりと抜き取る。
 無表情のままぐるりと辺りを見回し、逃げようとしていた衛視が視界に入るや数本の矢を指の間に構え、その背後に向けて射出した。

 門はすぐに静かになった。
 近くに動くモノが無くなった事を知ったウィシャは、最初に投げた鉄槌を虚ろな顔で拾いあげ、赤く染まったバイスアルムを、音も無く歩き出したのだった。




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