NOVEL

剣の国の黒猫
3)その白く大きな道は

 その白く大きな道はバイスアルム――白き腕と呼ばれている。
 王都アインから東西に伸びた2本の巨道がまるで腕のようだと、当時の剣の王が名付けたらしい。
 ここゼクス領は東に伸びた腕のヒジにあたる位置にあり、フェイとセラの二人はその巨道の脇を並んで歩いていた。
 このまま王都方面へ上っていけば、簡単に領主邸へたどり着けるというわけだ。

――それにしても、コレ作るのにいったいいくらかかったんだ?

 フェイはバイスアルムに来る度、ついそう思ってしまう。
 なにせ大型馬車が5台並んで走れるほどの桁外れな広さを誇りながら、それら全てがバイスレイトで出来ているのだ。
 白い粘土のような鉱物であるバイスレイトは、特殊な焼きを施すことで一定の強度を保ちながら、木のような弾力も兼ね備える。
 馬車の轍(わだち)や蹄鉄(ていてつ)に優しいばかりか、形状記憶の性質が強いため跡が付かないバイスレイトは、理想の馬車道の材料と言えるだろう。
 一度成型してしまうと再利用できないが、他にも高級食器や防具、豪邸では外壁にも利用されている。その利便性から、加工前のバイスレイトは相当な高値がついていた。
 そんな高級品でバカでかい道路を作ろうなどと、お偉いさんはよくも考え付いたものだ。

「フェイ、どうかしたのですか」

 セラが小首をかしげて、フェイの顔を見上げていた。

「なんだか少し、嬉しそうです」
「そうか? ――いや、そうかもな」

 フェイはこの活気に溢れる道が小さい頃から大好きだった。何か来るだけでワクワクするのだ。
 なにせここには砂漠の民の露店もあれば、隣国のウォラン人の店もあちこちにあった。遥か海の向こうのムゥ帝国から豪商が指輪をぎらつかせて来る事もあれば、美都アハト領からは連日のように芸団がやって来ている。
 その活気は陽が沈んでも変わらない。
 白い道は月明かりを受けてほのかに光り、その脇を何百何千ものかがり火が毎晩焚かれるのだ。露店では珍しい食べ物が並び、それを肴に人々は酒を酌み交わす。
 太陽と月が空にある限り、ここは眠らない道だった。

「そう言うセラも十分嬉しそうだな」
「はい! すごく楽しいです!」
「そ、そうか……それより、そろそろ手を離して歩く気にならないか?」
「ぜんぜんなりません!」
「……そうか」

 肩を落としたフェイの横を、二歩足で走る大きな獣にひかれた馬車がすさまじい速さで通り過ぎる。

「おお、竜馬だ! 久しぶりに見たけど、やっぱり速いな」
「竜馬は速過ぎて、ちょっと苦手です」
「……まさか、乗ったことあるのか?」
「いえ、お父様が持ってます」

 フェイは目をむいた。
 竜馬一頭でラマが百頭買えると言われている。つまり竜馬を一頭を売れば、一生働かなくともすむ大金が手に入るわけだ。

「竜馬なんて金持ちの道楽かと思ってたけど、領主も持ってるんだな……そりゃ経済的に言えば持ってても不思議じゃないが、うーむ」
「フェイ、乗りたい?」
「……いや、いい。乗ったらラマの乗合馬車がストレスになりそうだ」

 ちょうど反対方向からラマの乗り合い馬車がゆったりと現れた。
 四倍とか五倍とか、そう言うレベルじゃない速度差である。

「フェイ! あれなに? あの大きい馬車!」
「あぁ、あれが今言ったラマの乗合馬車だ――って、見た事無かったのか?」
「うん。外にあまり出ないし、馬車の窓はいつも閉まってるから」

 他愛の無い雑談を交わす内に、徐々にセラの言葉数が多く、砕けたものになっていくのに気がついた。
 この状況に慣れてきているのだから、いい傾向ではある。

――こっちは誰かに見られやしないかと、ヒヤヒヤしてるってのにな

 フェイは何度となく周りを見回す――しかし、二人に注意を払う人など誰もいなかった。
 道行く人々が気にしているのは、脇にある魅力的な商品の価格であり、自分の懐にある財布の残りなのであろう。
 その財布の紐を緩めるべく、威勢の良い呼び込みが飛び交い、それに立ち止まる人がいて、それを避ける人がでる。
 結果、混雑が生まれ、フェイ達はその中に巻き込まれることになった。

――まずいな、もう少し警戒するか

 人通りの無い場所の方が危険と言えば危険だが、警戒する場所と危険な場所は違う。
 人ごみにまぎれて護衛をザックリ刺すなんて、姑息な悪党の考えそうな事だ。
 フェイは気を引きめて、周囲を観察する。

 クイクイ

 フェイが視線を巡らせていると、セラが手を繋いだまま、空いている方の手でフェイのジャケットを引っ張っていた。

「どうかしたか?」
「――あそこ」

 セラの指差した先には、真っ赤な巨大テントがデンと鎮座していた。
 通り沿いでもひときわ大きなテントは、他の店が三つも四つも入りそうなサイズなのに、その出入り口は人でごった返しており、その繁盛振りがうかがえる。
 テント上部に貼ってある布看板には、凝った公用文字で『YUNO』と刺繍(ししゅう)されていた。

「ユノ? ああ、コノハが言ってた最近出来た装飾店って、これの事だったのか」

 フェイが一人納得していると、セラがまた繋いでいない方の手で袖をクイクイと引っ張った。
 その目はキラキラと輝き、視線は完全に店へと吸い込まれている。

「……まさか、この状況で買い物がしたいって言うんじゃないだろうな?」

 嫌味たっぷりに尋ねるが、セラは意に介さず、表情をパッ明るくすると大きく頷く。
 フェイは嘆息して空を見上げた。
 『狙われてる自覚あんのか、この重箱入りネギカモ!』と怒鳴れたら、どれほどスッキリするだろうか。
 しかし、怒鳴ればこの泣き虫がどうするかなど明白だ。
 ここで泣かれるのは本当にたまらない。
 一刻でも速く帰ってルナとティータイムを楽しみたいフェイは、苦渋の決断をする。

「……分かった。その代わりさっさと選べよ」

 セラはコクンと頷くと、あれほど離さなかった手をパッと離し、脱兎の如く店の人ごみに溶け込んでいった。
 制止する暇などない。今までのゆったりした挙動からは考えられない速度だった。
 そしてフェイは気付く――クライアントを完全に見失っていたのだ。

「まずい!」

 こんな人ごみの中でセラを見失ったら、さらわれる可能性だって無いわけじゃない。
 いや、狙っているヤツから見れば絶好のチャンスだ。

「くそ、こういう所は苦手なのに」

 装飾店の客はほとんどが女性だ。
 エルカならば堂々と入れるだろうが、フェイにはそれが不思議でたまらなかった。
 しかし、そんな事を言ってる暇もない。しぶしぶフェイはセラを追って、人のごったがえす店内に突入する。

「おーい、セラ!」

 中に入るが、セラの姿はもうどこにも見当たらなかった。
 人ごみや装飾品が並ぶ棚で視界が悪いことこの上ない。
 仕方なく、フェイは店内をウロウロと徘徊することにした。

 ドン

「おい、オバちゃん、ちゃんと周りを見ろよ! って、いたっ!」

 かっぷくの良いオバちゃんにはじき飛ばされ、その先にいた若い女性の集団に足をしたたかに踏まれる。
 それでも諦めるわけにはいかず、フェイは必死でセラを探した。

「おーい、セラァ! どこだぁ!」

 恥ずかしいのを我慢して、とうとう大声で呼んでみる。
 しかし、セラからの応答はまったく無い。
 時折チラチラと覗き見る周囲の視線が痛かった。

――くそっ! やっぱり子守なんてやるんじゃなかった!

 心で悪態を吐きながら、フェイは半ば自暴自棄になって叫んだ。

「おおおおい! セーラーッ! 返事しろおおっ!!」
「――フェイ、アンタ何やってるの?」

 背後からかかった声に、慌てて振り返る。すると最悪な事に、そこには見知った顔があった。

「うわ、コノハ」

 後ろで縛ってある綺麗で真っ直ぐな黒髪、切れ長の目、スラリと伸びた無駄の無い体。
 ややキツめの美人顔が訝(いぶか)しげに傾けられている。
 クグラ・コノハ、フェイの一歳年下の十八歳。一応フェイとは幼馴染であり、コノハとフェイ、それにクロフと言う三人組は近所で名を馳せた悪ガキトリオだ。
 しかも、そのトリオのリーダーだったのは、間違いなく彼女である。

「い、今の見てたのか?」
「店内であれだけ叫んでれば嫌でも目立つわよ。ったく、恥ずかしい」

 その容赦ない言葉にフェイはがっくりと項垂れる。
 コノハはかなりの美人だが気が強く、厄介なのはそれ以上に腕っ節が強いことだった。
 彼女の家はクグラ槍術道場なる物騒なノウハウを売り物にしており、コノハはその最高位の師範とか言う階級にいるらしいが、それが肩書きだけでない事はフェイが身をもって知っていた。
 店長のエルカより強い人類と言えば、フェイはコノハしか知らないのだ。

「フェイがこんなとこに来るなんて、珍しいじゃない。何かあったの?」

 そこで、フェイはようやくセラの事を思い出した。

「そうだ! 実はさっきまでエルカの妹を護衛してたんだけど、ここで見失って探してたんだ」
「エルカに妹なんていたんだ。何でアイツは内緒にするかな」
「でもまあ、それがエルカだよな……あ、そうだ、一緒に探してくれないかな? セラって言うんだが、どうも誘拐目的で狙われてるらしくて――」
「ちょっと、それ大変じゃない! ったく、しょうがないわね。手伝ってあげるか」
「すまん、助かる」
「あ、そうだ! 依頼料としてこれの代金お願いね」

 コノハはニコリと笑うと、手にもっていた髪留めをフェイの手に押し付けた。
 チラリと値札を見るとやはり安物ではなかった――だが、この状態を打破する代金と思えば決して高くはないだろう。フェイは「わかった」と条件を承諾した。

 フェイはセラの容姿を簡単に説明した。
 目立つ格好なので、詳しい説明など要らないだろう。
 説明を聞いたコノハは「十分後にこの店の入り口で」とだけ言うと、するすると店の奥へ消えていった。

――さすが、頼もしい

 フェイは胸をなでおろす――が、なでおろした手に残った髪留めが虚しかった。

 後はコノハに任せれば大丈夫だろうと、フェイは出口のそばにある料金所に向かう。
 店内の人は多いが、料金所の混雑はさほどでもなかった。
 よく見ると代金を支払う場所が四ヶ所にも分かれ、しかも店員一人一人が良く訓練されているようだ。

――オーナーはやり手だな

 だからこの盛況振りもあるのだろう、フェイは商売の奥の深さを噛み締めると、代金を払うために最後尾に立って順番を待つ。
 もちろん、フェイはその間にもセラの姿を求めてキョロキョロと周りを確認し続けた。
 そして、何気なく店の外へ目を向けた時

「――え」

 巨道バイスアルムはさんだ向かい側で、不信な大男が水色のモノを脇に抱えいるのを見つけてしまった。
 男は走りながら裏通りの路地に入ろうとしており、抱えている水色のモノからは、尾のように二本の金色の束が揺れている。

 まちがいない、セラだ。

「くそっ、なんて強引な人さらいだ!」

 フェイは客の列を抜け出し、全速力で店の出口へと駆け出す。

「カシム、万引きだよっ! そこの黒ジャケットのヤツ!」

 唐突に甲高い女性の声が店内に鋭く響きわたった。

――黒ジャケット……って、俺っ!?

 フェイは立ち止まって訳を話そうとしたが、事は一刻を争う。
 やむを得ず、フェイはそのまま店を飛び出すと、そのまま白き巨道へと足を踏み入れた。
 その瞬間、フェイは背後にゾクリとしたものを感じ、身をよじって左によけた。

 ビュオッ!

 空気を裂く轟音が、寸刻前までフェイのいた空間を斬った。
 カシムと呼ばれた男の斬撃に間違いない。立ち止まらないフェイに向かって攻撃を仕掛けてきたのだ。

「ちょ、ちょっと!」

 ブォン!

 フェイの言い訳など知るかと言わんばかりの二撃目が首のすぐ後ろを横切った。
 空気を切り裂く音が全く洒落になっていない。
 振り向けば、さぞ鬼のような漢がいるに違いないだろう。

――なんで、こんな事にっ

 フェイは泣きそうになりながらも必死で加速し、三撃目を奇跡的にかわした。
 そしてセラの消えた路地へと、ひたすら姿勢を低くして疾駆する。
 既に追っているのか逃げているのか、フェイには分からなかった。

 ビュゴォ!

「ちょ、ちょっと待てよ! 俺は――」

 ウォン!

「し、死ぬ! 死ぬるうっ!」

 右へ左へと紙一重で斬撃を避けながら、フェイはただひたすら走った。
 その目に浮かんだ涙を、いったい誰が責められよう?
 男だろうが、怖いものは怖いのだ。

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