昔話

2015年1月23日 21時10分17秒 (Fri)


鋸が全く売れなくなった時、
従業員を解雇することになりました。
送別会を家で行いました。
乾杯の挨拶で
父が一言
「敗軍の将、兵を語らず」
その翌日、
二人きりになった工場で、父と決めたことがあります。
仕事をすればするほど赤字が出るので、5時に仕事を止めること
でも二人とも
貧乏性のため守れませんでした。
ので赤字は膨らむ一方。

そこで、人生初の就職活動をしてみることにしました。
27歳

面接の後、
「今回はご縁がありませんでした。」の文書と粗品が送られてきました。
学歴も経験も取り柄もないので、やっぱり鋸を作っていくしかないなと悟りました。
人生最初で最後の就活と面接になりました。

金は無い
鋸は売れない
彼女はいない

俺はどうしたらいいのか
教えてくれと両親にくってかかりました。

父は、
「一緒に土方に出るか」
その後、父は原点に戻って
鋸を持って東京の小売店巡りをはじめました。
母は、
「私だって、どうやっていいかわからない」
働いたことのない母は、その後、ただただ金を使わないように使わないように
するだけでした。
私は、イベントに出ることにしました。
吉田祭
植木市があったので枝切り鋸が売れると思ったのです。
露天商の人たちが珍しがって寄ってきただけで、全く売れませんでした。
でも外に出ることで、出店先が増えていきました。
当時の唯一の楽しみは、消防団活動の後の一杯(ただ酒)でした。




PS
弟子入り志願の人に会って・・・

面接をする側のような経験をして思ったこと
この人は、私と気が合って気持ちよく一緒に仕事ができるか
それだけです。

学歴や経験、容姿は重要ではない
ということがこの年になってわかりました。


           (聞き書き)

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新潟県長岡市在住の鋸職人・東賢一郎
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