昔話

2014年12月2日 22時23分04秒 (Tue)

村の鍛冶屋



最近、鍛冶屋の仕事を放映する番組が目につきます。
鍬、鎌、鉈、包丁など
いろんな刃物鍛冶が出ています。
真っ赤に焼いた鉄を叩いたり、焼き入れしたりする場面に
人は、神秘を感じるのでしょうか
火を恐れずに
それを利用する鍛冶屋という仕事に
尊敬の念を抱くのでしょうか

その鍛冶屋もバブルの頃は、もはや時代遅れの産業とみられました。
これからは、ITの時代だといって
冒頭に載せた文部省唱歌の「村の鍛冶屋」が指定から外されてしまいました。

「お前、鍛冶屋になってバカみたなあ」
「倅を鍛冶屋にしなくて幸せや」
「鍛冶屋の跡を継がなくて いかったいや」

こころない言葉に、悔し涙を流したものです。weep

noteしばしも 休まず つち打つ響き・・・早起き早寝の病知らず・・・仕事に精出す村の鍛冶屋・・note

こんな生き方は、古い古い・・・遅れている

古き良き時代のエピソード。
今生きていれば100歳位の野鍛冶のおじいさん。
新円切り替えの時に、箪笥にぎっしり札が詰まっていたそうです。


                          
                           遅寝遅起きの鍛冶屋













































































































































































 

2014年11月20日 22時08分03秒 (Thu)

中屋庄兵衛の油焼き入れ技法は負けたのか・・・講演

数年前の講演の資料です。
「これが俺の言いたいことの全て」と、掲載を頼まれました。


私が言うのも何ですが・・・
面白そうです。
よく出来ています。
                   (嫁)

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2014年10月31日 20時09分57秒 (Fri)

産業祭

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国営越後丘陵公園のコスモスと薔薇です。


11月3日は、
「第42回三島産業まつり」です。
昨年まで、約30年連続、出店していました。

みしま会館(郷土資料館)の駐車場に、店を構えていました。
でも屋外は、金物の大敵
常に雨と風に注意が必要でした
雨で製品が傷むのを恐れて、屋内で出店した年もありましたが
屋外に比べると、全く売れませんでした。

雹が降った年は、早々に店じまいして帰宅した所、
お客様がわざわざ買いに来てくださいました。

やがて
雨が降ってもいいように店の周りをシートで覆うことにしました。
手間がかかりますが、このほうが安心でした。

本当に天候によって、売れ行きが左右されます。
例えばおにぎり屋さん。

雨だと
全く売れず 泣く泣く処分するそうです。
せっかく深夜に作ったのに・・・

晴れの日は
お昼前に完売。


もうイベントに出店することは、おそらくないと思います。
鋸製造に専念できることは、本当にありがたいことです。

ただ
本業が振るわなかった時代。
研ぎ屋兼金物屋になるしかないと
腹をくくって
仕入れた大量の商品の在庫を
どうするか・・・・
です。

来年、在庫一掃のセールでも・・・
が・・・
もったいないような気がして
迷っております。


    (聞き書き)

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2014年10月23日 22時55分52秒 (Thu)

あれから10年

今日は、中越地震から10年目、各地で記念式典やイベントが行われていました。

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震災から1年経た頃、
東京ドームのプリズムホールの中越震災復興物産展に出店していました。
お昼頃、60歳くらいの小柄な女の方が、店の前にやってきました。
五千円札を置いて一言、
「あなた 地震で大変だったでしょう」
何も買わずに立ち去りました。
お礼をいう間もありませんでした。

世の中には、気前の良い人がいるものだなあ と、思いました。

しばらくして、
中年の男性が、20万円入りの財布を盗まれて大騒ぎになりました。
私の前で、600円のやすり小刀の品定めをしていました。
購入することに決め、リュックを背中から降ろし、中から財布を取り出し
そして、財布をズボンの後ろポケットに入れ再びリュックを背負う
そのわずかな時間 2~3秒の間に財布がすり取られてしまったのでした。
イベント会場は、非常に混雑していました。

世の中には
本当に
善い人間と
悪い人間が
いるものだと考えさせられた1日となりました。

         (聞き書き)





 

2014年10月18日 21時07分30秒 (Sat)

3低

私は、子供の頃、
常に1番でした。
名簿も
成績も
三島中学始まって以来の
知能指数が高得点と
校長先生直々にお褒めの言葉を頂いたくらいでした。

私の人生、
此処までが順風満帆


・・・

かの山本五十六を輩出した、
米百俵で建てた学校が前身の
進学校に入学した15の春。
次のことわざの意味を身を持って理解することが出来ました。


お山の大将
井の中の蛙、大海を知らず


15の春の挫折。

だから
私は
15の春の尾崎豊のファンです。


成績は、中の下
身長はクラスで一番低く(ちなみに妻の方が高いです)

高学歴
高身長

の真逆を2つクリアしてしまったので

最後の望みをかけて、
当時羽振りの良かった家業を継ぐことに、高2の時に決めたのでした。


しかしながら、
1高どころか
3低になってしまいました。


当時の進路相談で担任のN先生に言われた言葉を
毎朝、反芻しては自分を奮い立たせています。

N先生のアドバイス

「いわゆる町の商工業者の倅には、なかなか嫁の来てはない」
「数年前、畳屋の跡を継いだ生徒がいたが、やっぱり嫁がないそうだ」


でも
私には
高身長
高収入
高学歴

の3高の嫁が来ました (あくまでも私より高い・・・)

尻に敷かれていますが・・・

これもミニ鋸をつくるために
神様が仕組んでくれた
ご縁だと
確信しております。

ちなみに
結婚式の当日、
むかいの今年亡くなった
仏壇屋の爺さんに
「おめさん、福の神をもらったようなもんだな」
と言われたことを今思いだしました。



(聞き書き)                    福の神
 

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新潟県長岡市在住の鋸職人・東賢一郎
3代目中屋長二郎

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