第39回:「マイレージ、マイライフ」

理想の人生まで何マイル?


「マイレージ、マイライフ」(Up in the Air)
2009年:アメリカ 監督:ジェイソン・ライトマン


 齢27にもなって恥ずかしい話だが、不詳私、「仕事の意義」だとか「人生の理想」だとか「将来の夢」だとか「本当の生きがい」だとかいったことについて深く考えたことがない。といっても別に精神的・経済的に余裕綽々の生活を送っているわけではないし、何事も割り切ってスマートに生きているような器用な人間でもない。生まれてこの方、特に苦労らしい苦労もせずにボケェ〜〜っと無為に過ごしてきたら、いつの間にやら、毎日毎日仕事帰りに粗末な中華屋でベロベロになるまで飲む、という実につまらんルーティンを至上の悦びとする生ける屍になってしまったというわけなのだ。

 そんなんだから、仕事命のワーカホリックになんてまず憧れることはないし、かといって自由奔放にあちこち旅するバックパッカーに憧れることもない。とりあえず宵越しの銭だけ確保できて、プラスα仕事終わりのアルコールにありつければこれ幸い、、、なんてことだけを考えて生きている陰気でケチくさい人間なのである。そんな無目的・無目標のまま、その日その日を無駄に浪費している私も、生来の俗物根性から人様の「人生」にはけっこう興味をそそられてしまう。安い居酒屋や飯屋でひとり寂しく飲む時は、きまって周りの人間の会話をいやらしく盗み聞きしている。

 世の中には色んな職種(無職も含む)の色んな人種がひしめき合って生きているわけだが、私が耳にする限りでは、割合みな似たようなケチくさい話をしているように思う。サラリーマンも乞食もチンピラも、ノンケも同性愛も両刀も、ライフ・スタイルの差こそあれ、有象無象みな似たような悩みや悦びやおごり高ぶりエトセトラをペチャクチャやっている。

 で、ただの酔っ払いが「世の中ってなぁ狭いもんよ」なぞと偉そうに悟ったつもりでいたのだが、考えてみりゃあ私の目の当たりにする“世間”なんてものは大概が中の下〜下の上あたりの低所得層だ。金持ちとかそこそこのキャリアの“世間”に属する人たちの悩みや悦びなんてこれ皆目見当がつかない。そういういわゆる「勝ち組」に属する人たちってなぁ、一体何を考えて生きてんだろか?

 まぁ、普段はそんなこと気にもならないのだが、今回この「マイレージ、マイライフ」を観て、何となく柄にもないことを考えてしまった。

 主人公ライアン(ジョージ・クルーニー)はプロのリストラ宣告人。会社の人間に代わってリストラ対象者に第三者の立場でその旨を伝えるという、何とも因果な商売である。不況真っ只中の超大国アメリカでそんな彼は引っ張りだこ。一年中休むことなくアメリカ全土を飛び回る典型的なワーカホリックだ。おまけに独身貴族の身軽な立場から「人生というバックパックに重荷は詰めない」という持論を各地で公演している中堅クラスの「勝ち組」である。

 家庭は持たず、親類縁者との付き合いを含めた複雑な人間関係も極力避け、色恋沙汰も完全に割り切ったものに限定している。仕事においても将来的に出世して偉くなって云々なんてことは考えていない。とにかく今自分のしている現場での仕事にプライドを持ち、本人なりの哲学に即してその仕事に徹しているのである。

 リストラ宣告とはいえ、無残にそれを言い渡すだけではプロとは言えない。首を切られる側にとっての人生最悪の瞬間に立ち会い、リストラ対象者それぞれのデータから第二の人生の可能性を導き出し、当人にそれを提示するのである。もちろん、ある日突然(しかも直接の上司ではない“部外者”から)馘首を言い渡されるのだから、「はい、そうですか」というわけにはいかない。

 怒り出す者、唖然とする者、泣き出す者、家族の写真を見せながら「一体どう責任を取ってくれるんだ!?」と詰め寄る者、さらには自殺をほのめかす者など、並みの精神力では到底太刀打ちできないであろう、追い詰められた人間たちの苛烈で生々しいリアクションが待ち受けている。こんなことを休みなく毎日のようにやっているのだ。

 そんなヘヴィな日常を送るライアンの当面の夢は、航空会社のマイレージを1000万マイル貯めること。飛行機なんて修学旅行の時に一回こっきり乗っただけの私からすると、それがいかほどのステータスになるのか全くもってわからないが、どうやら過去にまだ6人しか達成者がいないというから、けっこうな偉業なのだろう。時たま寝に帰るだけの質素な一室を持っているばかりで、一年のそのほとんどを空の上で過ごしている出張族ライアンにとって、飛行機は「我が家」同然なのである。

 仕事一筋の独身貴族で、未だかつて結婚したいと思ったことはなく、そんなドライな自分の人生には全く疑問を持っていない。もちろん不満など一切ない。結婚して子供を作って幸せな家庭を築いてさらには幸せな老後までをも夢に見て、、、などという俗世間の「幸福」には一切興味がないのである。

 と、そんなライアンの前に2人の女性が現れる。

 ひとりはホテルのバーで知り合ったキャリア・ウーマン、アレックス(ヴェラ・ファーミガ)。ライアンは彼女を自分と全く同じ種族のドライな仕事人間だと感じ、アレックスの方もまたライアンの生き方にシンパシーを覚え、お互いに完全に割り切った“大人の付き合い”を始める。そしてもうひとりはライアンの職場に新入社員として入社して来たナタリー(アナ・ケンドリック)。こちらはまだ若く野心に溢れ、仕事熱心ではあるものの、ライアンやアレックスとは真逆の一般的な家庭の幸福を夢見ている。

 この2人の女性との出会いが、ライアンの偏った考えに少しずつ変化を生じさせる。アレックスとは互いの出張先で都合を合わせてはドライな情交を重ね、また同時に同じ種族として分かち合える気兼ねないひとときを満喫する。一方、新入社員のナタリーとは性格が真逆な上に世代も離れているので、案の定、意見は全く合わない。しかし上司の命令で、ライアンはそんな新入社員ナタリーを教育するため、自身の出張先に彼女を同行させねばならなくなった。

 完全なネット世代の申し子であるナタリーは、もはやリストラ宣告人が対象者に面と向かってその旨を伝える時代ではない(つまりはネット通信のテレビ電話を使ってリストラ宣告を行えば、膨大な出張費もかからずに済む)と主張するが、ライアンは現場での生の経験と、そこで培われる鋭い勘が物を言うことを実地でもってナタリーに叩き込む。最初は事あるごとに反発し合うライアンとナタリーだったが、厳しい現状を切り抜けてゆく中で、いつしか2人の間にパートナーとしての信頼感が芽生え始める。

 そしてこの2人の女性との出会いをきっかけに、ライアンはほとんど失いかけていた家族との絆も取り戻すのだったが、しかしこの世の現実というものはどこまでも仮借ない残酷なものである。

 順調だったライアンとアレックスの関係も、ひとりの女性に対する今までに感じたことのない情愛の念を覚えたライアンが、割り切った関係以上のものをアレックスに求めたことでギクシャクしてしまい、一方、新たな世代の担い手として目覚ましく成長してゆくはずだったナタリーも、これからという時に大きな挫折を味わい、完全に心をへし折られてしまう。

 特別な感情を覚え始めたアレックスとの仲も結局は今までどおりの“割り切った関係”に終わり、将来有望のナタリーもこれからという時に挫折してしまった。しかもこんな最悪の気分の時に「1000万マイル達成」の祝福を乗りこんだ機内で受けるアレックス。機長直々に1000万マイルを達成した7人目の会員として特別のカードを授与される。

 しかしあれほど夢に見ていた「1000万マイルの栄光」も、今となっては何の意味もない空疎なステータスであったことに気づく。2人の女性との出会いをきっかけに、いつの間にか人間として成長“させられて”いたというわけだ。そしてリストラ宣告人の職を辞したナタリーの再出発のために心のこもった推薦状をしたためたライアンは、最後、空港の大きな掲示板を見上げながら、こう締めくくる。

 「今宵人々は家族の待つ家に帰り、一日の話をして眠りにつく。昼間隠れていた星が輝く中、ひときわ輝く光がある。僕を乗せた翼だ」

 これはライアンの“再出発”を意味しているのだと思うが、私はライアンがまた同じリストラ宣告人としての仕事を続け、しかし今までとは違った信念のようなものを胸に秘めている、というふうに受け取った。しかしながら、監督のDVD用コメンタリーでは、ライアンがまた同じ職を続けるのか、はたまた今までとは全く違う環境に身を置いて(職を変えるのみならず、例えば結婚して家庭を持つなどして)再出発するのかは、観客側の取り方に任せるというようなことを言っている。まぁ、いずれにせよ、ライアンにとっての“こころの再出発”であることに違いはないということだろう。

 つまり肝心なのは「これからライアンがどうするのか」ではなく、「今の時点でライアンが(内的に)どう変わったか」ということではなかろうか。人間は自ら望む望まぬに関らず、ちょっとしたきっかけ(ライアンの場合は2人の女性との偶然の出会い)から、人生の中での理想だとか生きがいだとかいったものに対する価値観を変えられてしまうことがあるのだ。理想だとか生きがいだとかいったことについて深く考えたことがない私でも、何だか妙に心に引っかかる作品である。

 「たかが映画」と割り切ってはいるが、それでも「されど映画」と思わされてしまうのは、こういった人間社会の普遍性を実直に追究している作品があるからだ。これを「手ぬるい映画」と斬り捨ててしまう人がいても、それはそれでわからんでもないが、前回ご紹介した「悪魔を見た」('10)のように、残虐極まりない“救いのなさ”から人間社会の普遍性を追究する作品がある一方で、この「マイレージ、マイライフ」のようなアプローチの仕方もあってしかるべきだと私は思う。人生色々、映画も色々だ。




ハリウッドを代表する独身貴族ジョージ・クルーニー。この役かなりハマってます。



出張も人生も重荷は禁物!!
、、、というわけで、さっそく新人に無駄な荷物を捨てさせるライアン(しかも空港で)。



これだけ仲睦まじく見えても、その実は割り切った関係の2人。
はてさて、人生どこまで割り切れるのか?



「理想なんて人それぞれ」とは言うものの、、、
→ → → http://www.youtube.com/watch?v=e7k6FwXJhNk


                                                 (2011年8月15日)


プロフィール

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ニックネーム
アンジー
性別
血液型
O型
生年月日
1984年5月2日
現住所
東京
自己紹介
政治経済スポーツ苦手。映画音楽本が好き。懐疑派の無神論者を標榜しつつも、テレビの占いなどで不安なことを言われるとかなり気にするタイプ。
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