第29回:「イレイザーヘッド」

男にとっての悪夢とは、、、


「イレイザーヘッド」(Eraserhead)
1977年:アメリカ 監督:デヴィッド・リンチ


 私事で恐縮だが、仕事帰りによく某中華チェーン店で酒を飲んでいる。アロンアルファみたいな匂いのする安酒をひとり寂しく飲んでいると、どうしたって周りの客の話に耳が傾いてしまう。先日もいつものごとく安酒を呷りつつ周囲の客の話を盗み聞きしていると、若いサラリーマン2人が何やら重々しい空気で話し込んでいる。どうやら後輩サラリーマンが先輩サラリーマンに相談事をしているようだ。

 後輩 「あのぅ、、、」

 先輩 「なに?」

 後輩 「おれのカノジョ(語尾上がり)、最近生理来てないみたいなんすよ、、、」

 先輩 「、、、、、、」

 ありゃま、こりゃま。そらてぇへんだ。よくある話とはいえ、まだ20そこそこにしか見えないこの若人にとって、“できちゃった”ことへの責任の重さは恐怖そのものだろう。きっとこの若人の頭には、カノジョ(語尾上がり)の両親に平身低頭して「責任とらせて頂きます」かなんか言ってる自分の姿が思い浮かんでいるに違いない。まことにご愁傷さまでございます。

 で、思い出したのがこの「イレイザーヘッド」。

 主人公ヘンリーは工場勤めのしがない青年。ある日、音沙汰のなかった恋人メアリーから急に実家でのディナーに招待される。ずっと会ってくれなかったのに、急にディナーとは何事かと不安になりながらもメアリーの実家へ。何だかよくわからない気持ち悪いディナーも終わる頃、メアリーの母親に呼び出されるヘンリー。むむ、いやな予感が、、、なんて思った時にはもはや手遅れ。

 「あなた、私の娘とセックスしたの?」

 「えっ?」

 「だから、やることやったのかって訊いてるの」

 「あ、いや、、、それはどう答えたらいいか、、、つまり、そのぉ、、、」

 「娘に赤ちゃんができたの」

 「、、、、、、!!」

 こうしてヘンリーとメアリーと赤ん坊の3人での新婚生活が始まる。ところでこの赤ん坊というのが、この世のものとは思えない何ともおぞましい奇形児なのである。

 寒々とした工業地帯にある安アパートでの悪夢のような日々。寝耳に水の責任を負わされたヘンリーにとって、結婚は人生の墓場どころか生き地獄である。しかも、ただでさえ息詰まるような生活なのに、赤ん坊の夜泣きがうるさいためにカミさんの育児ノイローゼが爆発。「あたし、こんな生活耐えらんない!!」と一人勝手に実家へ帰ってしまう。

 実質的な男やもめ状態になったヘンリーの悪夢はさらにその闇の深さを増してゆく。「男やもめに蛆がわき、女やもめに花が咲く」とはよく言ったものだが、新婚早々で妻に出て行かれたヘンリーは、向かいの部屋に住むハクイ姐ちゃんとのふしだらな情事を妄想する(夢に見る?)が、そんなことでは何一つ満たされるわけもなく、結果、ヘンリーの育児ノイローゼも大爆発。しまいにゃハサミで赤ん坊のはらわたをえぐり出す暴挙に出てジ・エンド。

 こんな重苦しい内容をリアリズムでやられたら見てらんないが、若き日の奇才デヴィッド・リンチは、それを全てファンタジックな悪夢として描き出した。寒々しくそして鋼鉄の生臭さがスクリーンいっぱいに充満しているかのようなモノクロームの世界。まさに“インダストリアル・ノイズ”と呼べるようなドローン・サウンドが終始空間を埋め尽くし、全くもって意味不明な演出が延々続く。

 メアリーの実家のディナーではメイン・ディッシュのチキンの丸焼が足を動かしながら血を垂れ流し、安アパートに置いてあるヒーターの中では顔に大きなコブをつけた女が「天国では何もかもうまくいく」と歌い、そのコブ女がさらには天井から降ってくる胎児みたいな生き物を気味の悪い笑顔のままぷちゅん、ぷちゅん、と踏みつぶす。そして転げ落ちたヘンリーの生首から消しゴム付き鉛筆(イレイザーヘッド)が製造される。

 私はまだ毛も生えそろわない中坊の時分にこれを見て、生まれて初めて「シュール」と呼ばれるような概念に触れ大いに感激したものだが、それから十数年経った今こうしてあらためて見ても、なかなかどうしてグッとくるものがある。演出は多分に狂気的・変態的ではあるが、テーマが“できちゃった婚”というしごく俗っぽいものなので、全くの意味不明な前衛作品というほどでもなく、それなりに主人公に感情移入しながら楽しめる作品だと私は思う。

 某中華チェーン店で先輩に相談していたあの若いサラリーマンは、果たしてこの映画を知っているだろうか。まぁ、きっと今頃、赤ん坊の夜泣きにでも悩まされていることだろう、、、嗚呼、男の悪夢。





主人公ヘンリー役のジャック・ナンス。
本作は予算がないために製作に4年もかかり、その期間ずっとこの髪形を維持していたとかいないとか。



ゴム付けないですることしたら、結果こんな子ができちゃいました。



コブ女の歌う「天国では何もかもうまくいく」の作り手のクレジットは<ピーター・アイヴァース>。
ピーター・アイヴァースってのはやっぱりあのピーター・アイヴァースだろうか?



最後は赤ん坊惨殺でゲロゲーロ。



こんなデナーはイヤざんす、、、
→ → → http://www.youtube.com/watch?v=yqlqp3OT13U&feature=related


                                                 (2011年6月3日)


プロフィール

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ニックネーム
アンジー
性別
血液型
O型
生年月日
1984年5月2日
現住所
東京
自己紹介
政治経済スポーツ苦手。映画音楽本が好き。懐疑派の無神論者を標榜しつつも、テレビの占いなどで不安なことを言われるとかなり気にするタイプ。
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