第201回:「トレーニング デイ」

悪徳警察24時 〜恐怖のパワハラ新人研修〜

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「トレーニング デイ」(Training Day)
2001年:アメリカ 監督:アントワン・フークア


 ちょうど今時分(4月頃)は、世間一般では「新人」の季節である。社員に限らず、パートやアルバイトにも「新人」が多く、チェーン系の飲食店やコンビニでも、まだまだおぼつかない様子で働いている若者を多く見かける。どんな職種であれ、最初の一ヶ月くらいは、仕事を覚えたり職場の雰囲気に慣れたりするまでの“落ち着かない日々”を送らざるを得ないのが「新人」の宿命というものだろう。

 まして“初日”ともなれば、よほどタフな心の持ち主か、あるいはよほど無神経な人間でもない限りは、緊張、緊張、また緊張の連続だ。

 今回ご紹介する「トレーニング デイ」は、麻薬課の刑事としての“初日”に臨むことになった「新人」の、まさに悪夢のような一日を描いた一本。もうずいぶん前に本作を初めて見たときは、正直「いまいちだなぁ」という印象が強かったのだが、今回また改めて見てみたら、これが思いのほか面白かった。

 前回はデンゼル・ワシントンの汚れ役が「あんまり似合わないなぁ」ということにばかり気が行って、素直に作品の世界に入り込めなかったのだが、今回はイーサン・ホーク演じる「新人」の目線で見てみたら、ある種の「恐怖映画」として楽しめた。

 もし「新人」として入った職場の初日に、恐そうな先輩からいきなり「ここで一人前になりたかったら、まずルールを破ることだ」なんてなことを言われ、さらにそのルール破りを強要されたら、、、意志薄弱で気の小さい私からすれば、これほど恐い状況もない。そして本作はまさに、この“不可抗力的にルールを破らされる”状況に陥った「新人」の恐怖と葛藤を描いている。

 ロス市警の麻薬課に自ら希望し配属された新米刑事ジェイク(イーサン・ホーク)は、麻薬課の大ベテランであるアロンゾ(デンゼル・ワシントン)とのコンビで初日(トレーニング・デイ)を迎えることになった。アロンゾは刑事らしからぬヒップなファッションに身を包み、ハイドロ改造車を乗り回す不良刑事。得物はジョン・ウーばりの2丁拳銃を持ち歩いている。

 つまり見てくれも言葉づかいも「ファッキンメ〜ン」な完全なるギャング仕様というわけだ。そして見た目ばかりか、やっていることもほとんどギャングと変わらない。

 「狼を懲らしめるには自分も狼にならなきゃダメだ」などと言っては、ジャンキーや売人たちからカネやドラッグを巻き上げ、挙句は「このまま羊でいるか、それとも狼になるか」と言ってジェイクにマリファナを吸うよう強要する。

 真面目で正義感の強いジェイクは、アロンゾの行きすぎた越権行為の数々に戸惑い、時には反発しながらも、右も左も分からぬ新米の身であるがゆえに、結局はこの恐怖のパワハラに従わざるを得ない。

 しかし次第にアロンゾが常軌を逸した汚職刑事であることが分かり始め、さらには、麻薬課の同僚たちや上層部までもが、アロンゾ同様に汚職に手を染めているという実態に直面したジェイクは、アロンゾや周囲の人間にに対する反発心・猜疑心を募らせてゆく。

 が、アロンゾという男はジェイクが考えているレベルを遥かに凌駕した悪党であった。そしてジェイクがそのことに気付いた時、彼はすでにアロンゾの恐ろしい罠にはまっており、この後、物語はとんでもない結末へと向かって疾走してゆく、、、。


 本作は、ウィリアム・フリードキン監督の「L.A.大捜査線/狼たちの街」('85)と同じ作品世界を、もう少し普遍的な目線(ごくごく一般的な道徳観)で描いているような印象を受ける。

 先述したように、初見の時はデンゼル・ワシントンのヒール演技にばかり目が行ってしまい、上手いこと作品の世界に入り込めなかったのだが、本作はやはりイーサン・ホーク演じる新米刑事の目線で物語を追った方が分かりやすい(作品世界に入り込みやすい)のだろうと思う。

 で、そうやって「新人」目線で見てみると、ごくごく普遍的な正義感・生真面目さを持った「新人」であるジェイクの戸惑いや反発といったものが、イーサン・ホークの自然体な演技からよく伝わってくるし、感情移入もしやすい。

 “汚い現実”を受け入れられないでいる(というか頑なに拒んでいる)ジェイクに対して、アロンゾが「俺も昔はお前と同じだった」と言うあたりは正直どう捉えればよいのか悩むところだ。アロンゾが本心からそう言っているのかどうか、ちょっと判断しにくい。

 しかしながら、アロンゾと長い付き合いの情報屋も、ジェイクを見て「若い頃のアロンゾにそっくりだ」というようなことを冗談っぽく言う場面があるので、アロンゾの言っていることもあながち嘘ではないのかもしれない。

 本作には「人間ドラマ」の要素も多分にあるが、しかしどちらかといえば「犯罪サスペンス」的な展開で物語を引っ張ってゆくので、アロンゾをメインとしたピカレスクな悪徳刑事ものを期待すると、ちょっと肩透かしを食うことになる。かく言う私も、初見では「バッド・ルーテナント」('92)や「蜘蛛女」('93)のような悪徳刑事ものを期待して、見事に肩透かしを食った手合だ。

 とはいえ、アロンゾのあの実に「悪党らしい最後」には程よく溜飲が下がる。ああいった終わり方が、やはりこの手の悪党には最もベターだ。悪党には悪党らしい因果な終焉が似合っている。

 正直、どうしたってデンゼル・ワシントンの“汚れ役”はハマっていないように思えて(所々で地の“品の良さ”みたいなものが垣間見えてしまうようで)、私としてはいまいちしっくりこないのだが、反してイーサン・ホークのごくごく普遍的な新米刑事ぶりは、かなり自然体でリアリティがあるように思う。

 相手が「マジ」かどうか分からない時は、とりあえず「冗談だよな?」みたいなビビり笑いで様子をうかがうあのリアクションが特にリアルだ(人は余裕がない時やビビっている時には思わず笑ってしまうものである)。

 いかついチカーノ系ギャングたちに丸腰で囲まれた状態で、アロンゾに完全に裏切られた(というか最初から利用されていた)と分かった時のジェイクの恐怖心や絶望感を考えると、もうほとんどホラーの領域というか、もっと言えば、自分には一切非がないにもかかわらず、“初日”からここまでのどん底を味わわされるとい意味では、本作はある種のディザスター・パニックものと言っていいんじゃなかろうか。


 私としてはやはり、アロンゾのキャラにもう少し“下衆”な味付けが欲しかったというのが正直なところだが(決してデンゼル・ワシントンが悪いというわけではなく、もうちょっと適材適所な人選が好ましかったように思う)、しかしまぁ、今回こうして改めて再見してみると、作品自体は硬派で骨太な印象が強いし、サスペンスフルなストーリー展開も(多少の粗さは目立つが)よく出来ていると思った。


 アントワン・フークア監督の作品は、チョウ・ユンファ主演の「リプレイスメント・キラー」('98)と、マーク・ウォールバーグ主演の「ザ・シューター/極大射程」('06)の二本を以前に見ている。正直どちらもそんなに面白いとは思わなかったが、この監督が硬派で男臭いサスペンス・タッチの犯罪アクションを描くのが得意なのは確かだ



 

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こんな格好してるけど、どうしてもマザーファッカーな
雰囲気が出ないんですよねぇ、デンゼルだと。


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初日からとんでもない目に遭ってばかりの新米刑事。
イーサン・ホークの戸惑いっぷりにグッときます。


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もはやディザスター・パニック並みに恐いチカーノ系ギャングの皆さん。
このシーンは何度見てもビビってしまいます。



がんばれルーキー!!
→ → → http://www.youtube.com/watch?v=gKTVQPOH8ZA

 

(2014年4月22日)


プロフィール

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ニックネーム
アンジー
性別
生年月日
1984年(昭和59年)5月2日
現住所
東京
自己紹介
映画と音楽と無理な夜ふかしをこよなく愛する平成の「5時から男」。夢もチボーもないけれど、俺いらにゃ楽しい夜がある!! 深夜に見る「コマンドー」は格別だね!!
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