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近畿地方の刑場・牢屋

和歌山県
紀州藩(3)

城下の村での刑執行

岡町村の枝村であった岡嶋村(名草郡岡町村の枝郷)は、紀州藩の牢番頭の居村で、牢番頭とその仲間は藩の行刑役を仰せつかっていた。
牢番頭が残した紀州藩牢番頭家文書は、その後の被差別部落史研究に多大な貢献をもたらしたし、紀州藩の行刑史研究に進展と深みを与えた。
こうした研究進展の結果が、前掲『日本刑罰史跡考』の論述との相違となったかと思われる。
前出「近世かわた身分牢番頭の行刑役」「第1表 打首・斬罪一覧」によると、処刑場所を “城下 村”と表示した処刑事例が11件確認できる。
表の脚注には、“「村」は牢番頭居村の岡嶋村”とあり、地獄谷に刑場が移転した以降も、岡嶋村で引き続き刑が執行されていたようだ。
岡嶋村で行刑が執行される場合でも、本来の処刑場と同じように土壇を設置するよう町奉行所から次のように指示が出ている。
“事例14 正徳3年(1713)6月
   同廿五日ニ、明後廿七日斬罪者弐人村ニて有之、
   切手ハ大石楠右衛門被参候間、土たん拵候へと
   被為仰付候”
因みに事例14に登場する“切手”とは“切り手”のことで、藩士の切り手と牢番仲間の切り手とがおり、この事例では藩士が切手を務めている。
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