地域密着型エリア広告配信リクルートの地域密着型広告ドコイク?アドネットワーク Ads by ドコイク?[無料でホームページを作成] [通報・削除依頼]
[無料でホームページを作成] [通報・削除依頼]

近畿地方の刑場・牢屋

和歌山県
紀州藩 (1)

藩の刑場概説

紀伊藩とも呼ばれる紀州藩は、江戸時代に紀伊国一国と伊勢国の南部(現在の和歌山県と三重県南部)を治めた親藩で、藩庁は和歌山城に置かれた。
因みに、和歌山藩は版籍奉還後に定められた名称。
藩の石高は55万5千石は、御附家老の水野家新宮領と、安藤家田辺領を含んだものである。
『日本刑罰史跡考』によると、藩の常設公式な刑場は旧名草郡栗栖村字八軒家(現・和歌山市栗栖)にあったようだ。 
「紀州の地名の由来7」のサイトの「地蔵の辻」に、次のような解説がある。
はての20日、罪人処刑日 岡町牢より人参の漬物三切れ 目隠し裸馬にて地蔵の辻 家族と別へ 八軒家の刑場へ→三墓(火葬場)で土埋 ”

『日本刑罰史跡考』には、古くは海部郡今福村の地獄谷(現・和歌山市今福)が、八軒家処刑場以前の古い処刑場だとの伝えがあるとコメントしている。
和歌山市内には、この他に処刑場跡との風聞がある場所が何箇所かある。
加太の友ケ島(沖の島)深蛇池畔、木ノ本などであるが、いずれも真偽の程は不明である。

藩牢である岡牢は、旧和歌山城下の岡の谷(現・和歌山市雄松町)にあり、此処には藩が認めた牢番頭とその仲間達がいて、警刑務の任に当たっていた。
 
34/94
アクセス数
ページビュー数